九月一日 天氣 晴 寒暖 暑

○今夜も雨がそぼふる。

○今日は一時間も授業がなかつた。人は半分位来た。1日中、東京の町をほつき廻る。暑い。

○昨日新明道館へ行つて見た。未だ骨組みが出来ただけである。

もう十日位は掛るだらう。其迄寮にゐる。部屋は朶寮五番。

○一髙生の良い所は自治に非ず、友情に非ず、剛健に非ず。実に、ボロに在

り。今や天下の学生が衣装の如き末梢的事物以外に價値あるものを知ら

ざる時に際し、一髙生のボロ最力強し。されど、意識的なる事

の少きは嘆ずべし。

○新入生を一髙型にはめやうとするのは悪い。

 

九月二日 天氣 快晴 寒暖 暑 來信 母 發信 母

○上京第三日であるのに、もう一週間も立つた様な気がする。用事が多かつたからだ。

同じ時日でもかう長さの感じがちがふものかと驚く。

○授業四時間。但し録な授業はない。

 

九月三日 天氣 晴 寒暖 暑

○明道館落成迄同館と同じ屋敷内の片倉直人氏の穴家へ陣

を張る事になつた。今日遷つた。今居るのは小口幸夫君太田和彦君と

三人。他に新井勝君。

○授業三時間。䃯な授業なし。

○今日の水をのむを。

 

九月四日 天氣 曇雨 寒暖 冷 發信 母 弟 弟(書籍)

○今迄には注意点は未だ僕は云はれない。云つた科目は、文法、物理、心理。

○來週から時間割改正。月曜と木曜との六時間目が入れ変る。

 

九月五日 天氣 快晴 寒暖 暑

○午後神田へ行く。丸善で石澤次夫君に逢つて、梨三個貰ふ。

 

九月六日 天氣 曇 寒暖 暑 來信 和郎

○今朝どうも目覚めが悪いと思つたらやはりいけなかつた。先ず成

績発表がある。三十二番。今度の試験は当りが悪いと思つた。

次に注意点。岩本さん二十点。菅さん、点は分らないが注意点。

○通学願を出した。

 

九月七日 天氣 曇 寒暖 温 來信 母 醇郎 發信 春秋社

○西田博士著「善の研究」を讀了。良いの惡いのと批評する気はしない。

驚嘆尊崇の至りである。愛讀書の一。

○未だ蚊がゐる。

 

九月八日 天氣 曇後晴 寒暖 暑

○生の充実を感じない。

○未だ々々暑い。何時になつたら涼しくなるやら。

○晩太田君河角君と三人で散歩に行き、一山拾銭の林檎を買

つて来る。まづくて食べられない。

 

九月九日 天氣 晴 寒暖 暑 來信 東京驛 春秋社

○今井博人君太田和彦君と三人で遊びに行く。午後五時赤羽で下りる。

隅田河を渡つて、川口駅で乘つて、九時明道館へ歸る。

 

九月十日 天氣 晴 寒暖 暑 發信 母

○漢文注意点でない。

○朝、山岡克己君、寺島和夫君、名取五郎君三人来る。

○午後一時、八十九度一分。

 

九月十一日 天氣 曇 寒暖 暖

 

九月十二日 天氣 晴 寒暖 暑

○朝小澤泉氏來る。

 

九月十三日 天氣 晴 寒暖 暑

○夕方北沢正氏来る。

○現代文は刺激を求める。内から生命感が溢れ出ないから、仕方

なく外からの刺激を求める様になるのである。

○通学願許可出る。

○三日間の朶五生活、但し思出深し。

○阿部能成氏が大震災の時、鎌倉へ置いておいて燃へた本。

一.寺田さんの『冬彦集』

二.ケーベル先生の『續小品集』

三.コーエンの『エチーク』

四.ウインデルバンドの『アインライツング』

五.西田先生の『自覺に於ける直観と反省』

六.田邊君の『科學概論』

七.ランゲンシヤイトの『希朦(臘)語獨習』

 

九月十四日

○明道館、壁を塗り初める。

○暑い事甚し。約九十度。授業のほんとに初まるのは今週からと見て

良い。

○吾人は小主觀を立てる事を恥ぢる。大主觀が得られないからである。

分りもしないくせに、ゲーテは駄目だの、シェイクスピーアはつらん(ママ)だのと云ふ人々

を憐む。小我執を棄てよ。ゲーテは面白くないからゲーテは駄目だと

言はずに、ゲーテが面白くないから俺は未だ駄目だと思ふべきである。

何でも自我に当てはめて批評するものではない、敬虔な心持で偉大

にひれふす事が必要である。自己の力の及ばないものはしばらく保留

して自己の修養に努めるが良い。自分に何でも分る様な気がし

てゐると大間違である。

○夜になつて、涼しい風が吹いて来たと思つたら、空が泣き出した。そして、雷が

鳴り出した。明日から涼しくなるだらう。

 

九月十五日 天氣 曇後雨 寒暖 冷 來信 父 母(姉)

○朝佐藤國男君來る。

○夕方より猛烈な夕立来る。

 

九月十六日 天氣 曇 寒暖 冷

○急に冷しくなつた。

○午後うっかり晝寝をして、目を覚まして見たら風の当る所へねて

ゐたので、之は風を引いたかなと思つたがどうやら引かぬらしい。

○大哲オイケン死す、と夕刊に見ゆ。(注。「哲人オイケン翁逝く」新聞切り抜きあり)

 

九月十七日 天氣 雨 寒暖 寒

○台風来る。明朝午前三時最甚しと。

○昨晩から初めて蚊帳を取る。

 

九月十八日 天氣 曇 寒暖 寒 來信 考へ方研究社

○白村著「近代の恋愛観」を讀む。氏の人間としての要求は未だ

浅い、もう一段の深刻味がなければ人間としての終局は得られない。然

し、愚昧なる一般に取つては好個の頂門の一針である。

 

九月十九日 天氣 晴 寒暖 暖 發信 父

 

九月二十日 天氣 晴 寒暖 暖 發信 The globe-Wernicke Co.

○高橋穰著心理学索引統計。

一.ヴント      五三、四、カント    一〇、 七、 リップス       七、

二.エビングハウス  二四、五、ヘルムホルツ  九、 八、 レーマン       七、

三.ジェイムス    一九、六、ティチナー   八、 九、 ミュンスターベルヒ  六、

 

九月二十一日 天氣 晴 寒暖 暖 發信 大倉書店、丙午出版社、甲子社書房、山海堂

○先日の颱風以來秋となる。

○明道館第二回壁塗り。

 

九月二十二日 天氣 曇 寒暖 暖 來信 研究社(吾が友) 丙午出版社

○僕が讀書を開始してから一年強。其の間の頭の進歩は實にすばらしい

ものである。讀書をしなかつたら、かうは進まなかつただらう。僕はどうしても

ベルグソン式の独創的の傾向の頭ではない。他の要素を吸収消化

して集大成すると云う方である。

○小野圭治方訪問。

 

九月二十三日 天氣 細雨 寒暖 冷 來信 山海堂

○紀平博士著「哲學概論」讀了。これで三回讀んだ譯。僕は此本

から吸収する事に依つて随分頭が進んだ。本書に感謝する。現在の

立脚点で吸収し得べき事は殆吸ひ盡したから、此処で本書を讀む事

を一段落にして、暫時讀まない事にする。そして、全人格の立脚地の

一段の前進を待つ事とする。そこで、此からは博士著「行の哲學」

と「無門關解釋」との研究に還る。

 

九月二十四日 天氣 曇 寒暖 冷 來信 甲子社書房

○ティチェナーのビギナーズ・サイコロジーを四十頁讀む。大したものだ。同書は

同宿佐藤國男君から借りたので、先日から讀んでゐて、百頁を

突飛した。全部で三百五十頁フラツト。

 

九月二十五日 天氣 曇 寒暖 暖

○連日の雨天曇天。夫でも今日は少し靑空を見せた。温度上る。

○取り入れられたるさまぐの思想の底よりくしくも湧き出づる

自己其物の思想の泉の淸さよ。

○西田博士はえらい。否、えらいより以上である。誰か「國文学史講話」の

序を涙なしに讀みうるや。

 

九月二十六日 天氣 晴曇半す夜雨 寒暖 暖 來信 大倉書店

 

九月二十七日 天氣 晴 寒暖 暖 発信 弘道館(振者)

 

九月二十八日 天氣 晴 寒暖 冷 來信 母(書留)

 

九月二十九日 天氣 秋晴 寒暖 秋冷

○芝恩賜公園並芝公園に遊ぶ。

 

九月三十日 天氣 曇小雨 寒暖 冷 發信 母

○やっぱし雨降り(の夜)は良い。

○明道館壁塗り。入れるは来月半ば。

○四十三夜頑張つた千葉縣の鬼熊遂に祖先の墓にて毒薬を飲み苦悶中

捕白(ママ)。