九月一日 天氣 晴 寒暖 暖 受信 姉

殆授業がない。午後軍教があつて、たっぷり授業をする

さうだが、暑いのに馬鹿らしいので行かなかつた。

新村氏明日から髙文の試験。万年筆と小刀を余から

借りて行く。

 

九月二日 天氣 晴 寒暖 冷 發信 丸善株式會社 受信 甲子社書房

授業は岩本さんがあつただけ。岩本さんは例によつて強引だ。

三人の先生が注意點を云つたが余はなかつた。今日は成績

よし。西洋史、論理、漢文。明日が問題だ。岩本さんの

哲学と独語。

仁平氏死亡と出欠簿に出てゐる。すると、今迄

余の組で三人死んだわけになる。何れも結核。

作文日。九月五日、十月三日、十月三十一日。

 

九月三日 天氣 晴 寒暖 暑 受信 丸善

昨夜十二時前頃から雨が降り出す。夜中降る。可成り

猛烈であつた。午前中そぼふつてゐたが、その中に止んで、午後

になつてはきれいに快晴となつた。二時から四時迄晝寢を

してゐる中に又雲が出た。今日の晝など随分暑かつたが、

夜になつては冷える。晝夜の溫度の差が大となつた。日も

随分短くなる。

岩本さん未だ注意点を云はぬ。通学願を出す。

五日から時間割変更。月曜の國語と水曜の第二時の

ペツと入れ代り、木曜の第五時と第六時と入れ更る。

晩三井田が遊びに來る。碁をする。三井田は未だやり始め

だ。

近頃Titehener:Test-Book of Psychologyをもりもりよむ。

 

九月四日 天氣 半晴 寒暖 涼

近來、本をゆっくりよむ事が出來なくなつた。少しは分らな

い所があつても飛ばしてよむと云ふ様な癖がついて困る。本を

よみながら、妙にあわてた様な気持でよんでゐるので

ある。

 

九月五日 天氣 晴後曇 寒暖 暖

倫理、注意點を云ふ、余はモチ注意點でない。

ペツ、答案を返す.余はミステイク參拾。

作文日、漢文の時間に書く、「此の夏」。

月曜の体操と木曜の軍教と入れ代る、今日から実施。

小口幸夫氏上京。

岩本さん哲学も独語も注意点を云はぬ、忘れたらしい。

晩、河角広氏山岡克己氏と本郷通りを散歩する。

近頃体の具合の良くなつたのは、散歩通学するのが与つて力

が大であると思ふ。

 

九月六日 天氣 時々雨 寒暖 冷

菅、注意点一人。尚、菅先生の言因るに岩元さん

の點が非常に良く、こんな良い點は見た事がない、と。そ

れでも注意點が二十一人だが、良いのになると滿點近くだ

さうである。余も岩元さんは注意點ではあるが、菅さんの

方が良いから、五拾點位はあるだらうからパリである。

哲学が未だ云はないから、第一の注意點である。二年等は

注意點でないものが五六人で、零點も五六人ある

と。

 

九月七日 天氣 時々雨 寒暖 冷

明道館淋しい。皆揃へば、やかましいし、揃はない中

は何だか物足りない。妙なものだ。

 

九月八日 天氣 雨 寒暖 冷

今日は学校へ行かなかつた。終日雨に閉ざされる。し

けて仕方がない。

もう上京以來半月になる。

河角氏と云ふ人間はよく差出口をする人間だ。何に

へでも口を出す。随分眼界も広くて、えらい人間には違な

いだらうが、少し口を出し過ぎる。何でも分つてゐるのは

良いが、抑へ目にしてゐる方が奥ゆかしい。口を出すのは

氏の悪い癖だ。やはり信州人の特長だらう。

文部省で試験地獄緩和策を発表した。出

身学校の成績を加味するんださうだ。つまらん事を

したものだ。諏訪中学の落第生でも大町中学では

秀才だ。尚、因つて事には情実がひどくなる。

 

九月九日 天氣 晴後曇 寒暖 冷

第一学期成績発表あり。余は二十番。久し振りで

又中堅へ出て來た。論理倫理等が割合に良かつた

んだらう。

名取五郎氏、布留文夫氏上京。にぎやかになる。

晩、今井が來てとまる。

妙な事に今迄上京した人としない人とを入舎順に

並べると、交互になつてゐる。

 

九月十日 天氣 快晴 寒暖 暑 受信 母

寢たのが三時、起きたのが七時。午前四時四十二分内

親王御誕生。

久し振りで快晴。暑い。朝っぱらから暑い。

が、やはり秋だ、風が涼しい。滿月。

もつと勉強しなくてはならないと思ふ。小林直人と云ふ

男はえらい男だ。余の如き、とてもかなはない。

五味智英氏、本を返しながら遊びに來る。一時間

程話してかへる。

想源かれたりや。碁ばかやつていてはいかん。

夜、小林が遊びに來る。「思想」を始めからよみかへすと

か云つて、始めの方をかりて行つた。

高木堯夫氏上京。

 

九月十一日 天氣 快晴 寒暖 暑 受信 丸善

三十一度。

やはり、ほんとのカントの後継者はフィヒテ.セリーヴ.ヘーゲル

であつて、自称する如くショーペンハウエルではない。

カントは天才とは思へない。大秀才だらう。寧し

ショーペンハウエルは小天才か。

夜、河角氏名取氏新村氏髙木氏余と五人で上

野を散歩する。

 

九月十二日 天氣 快晴 寒暖 暑

とても暑い、九十度。が、今日が峠ださうだ。六時間

目の岩本さんの時間に、廊下側の戸を閉めたので暑くて

困つた。タラくあせが流れる。岩本さん近頃体の具合

が良いとかでりんがなる前に止めた事がない。岩本さん

注意点を云ふ。哲学四拾點、独語五拾点。よくくれた。

独語は菅先生の方が七拾以上あると思ふから、平均

して注意点でないだらう。

晩、猛烈の夕立が來る。忽ちにしてケロリとなる。

コンパ。新井氏が今月二十日限りやめるので、其に

ついて色々話す。

 

九月十三日 天氣 雨後曇 寒暖 涼

感覚と云ふものは、大したものでなく、皮相のものではあるが、

然し、認識の一種として觀ると又面白くも考へられる。

味覚は何と有り難い認識だらう。

 

九月十四日 天氣 強風、雨後曇 寒暖 暖 豫記 此ノ記事「十三日」 發信 母 丸善 受信 丸善(二ツ)

須藤さんの論理、今学期は推理論、今日迄三時間

で対当関係による直接推理終了。此の辺が一番骨

が折れて、一時間終へると汗びっしょりださうだ。何でも

須藤さんの発案になる処が半分以上もあるのださ

うだ。

寺嶋和夫氏上京。晩、氏と碁をする。始めて

余が勝つ。差貳拾六目。

夜から昼へかけて強風雨。各地の水害大。

 

九月十五日 天氣 半晴 寒暖 暖

北澤正氏上京。

今年の行軍は日光で、十九日からださうである。割合

に良い処だ。今年行くと三度共行つた事になる。中学

の時には何やかやで一度を発火演習に行かなかつた。

レ・ミゼラブル。良い。切々人に迫る力がある。

マダム・ボヴリイや女の一生とはだんち(、、、)だと思ふ。

 

九月十六日 天氣 曇 寒暖 暖 發信 太田和彦 受信 丸善

有島武郎論。氏は未だほんとうでない。氏の物事の考

へ方は抽象的である。何を考へるにも表象で考へてゐる。

論理的に考へて行けない。だから、具体的のものをつか

みえないで、抽象に墮する。氏の死の如きも、やはり死

の表象を実在の死と思つて、其以外に出られなかつた

様に思ふ。だからだうしてもお坊つちゃんの範囲を出ない。

 

先日囗語注意点を云つたさうだ。勿論余はさうでない。

 

九月十七日 天氣 曇 寒暖 暖

当分の間勉強の主流としては哲学史上有名な人達の作

品を讀む事とする。さうして、其の締めくくりとして、

ローヂャースのStudents History of Philosophyを讀む事

とする。此仕事は多分来年三月頃迄續くと思ふ。そ

れから、勉強に新生面を開いて大いにやり出さう。

 

九月十八日 天氣 雨後曇 寒暖 涼

昨夜、可成り寒かつたのに、毛布一枚であつたので、今日

少し喉が痛む。

八月九日、松崎さんの御尊父御永眠。先日明

道館で香典を送つたのに対し、今日御礼の手紙と菓

子が來る。皆で喰ふ。

 

九月十九日 天氣 晴 寒暖 暖

咽がいたむ。風気味。然し、大した事はない。

ペツォールト氏休む。珍しい事だ。前週から休んでゐる

さうだ。

今日から月曜の第一時と第二時と入れかはる。

 

九月二十日 天氣 小雨 寒暖 寒

風は今日が峠とぞ見える。朝、学校へ行かうかと思つたが

止して、良かつた。熱は見ないから分らないが、多分ないだらう。

軽いと思つてゐたが、案外気持がわるい。風がしばら

くとだえてゐたからだらう。近頃寒くなつたので、僕

ばかりでなく、一般に流行る様だ。此から寒くなるので、用

心しなくてはいかんとの天の警告と見る。昨日より、鼻が

出ると云ふ事が加る。

 

九月二十一日 天氣 秋晴 寒暖 暖 受信 母

風は昨日より惡い。熱のある事が明かに分る。が、計つ

て見ない。今日こそ峠だらう。晩には良い様である。明日

もわるかつたら事だ。

初めての快い秋晴。風でおしい。

 

九月二十二日 天氣 曇後雨 寒暖 冷

風は昨日より良い。朝、左の耳が少し変であつた

が、その中に良くなつた。熱も多分ないだらう。但し、

頭が晝頃痛んだ。

 

九月二十三日 天氣 曇後晴 寒暖 寒 發信 母

午前ショーペンハウエルを讀む。

夜コンパ。

今日から風声が取れる。

 

九月二十四日 天氣 晴 寒暖 冷 發信 大村書店 妹

今は絶版の大村書店発行佐竹哲雄氏譯のフィヒテ

の知識学序説及基礎をこの間大雲堂で見付けて

おいたが、今日行つて見たら、誰か買つたと見えてなかつた。

晩矢島羊吉氏の家へ遊びに行く。

明日岩本さんの本の休んだ処を勉強する

事。

 

九月二十五日 天氣 晴後曇小雨 寒暖 冷 受信 大村書店 太田和彦

午後丸善へ行く。先日來着の通知來た。Elsenhans

のPsychologie and Logikを取つて來る。

 

九月二十六日 天氣 晴 寒暖 暖

橋本君が放課後明道館による。遊んで行く。将棊を

碁の代りに余に教へる。

波多野精一と云ふ人はえらい人だ。人間がえらい。

 

九月二十七日 天氣 雨 寒暖 冷

二年の始めからの菅教授の教科書Goethes Kindheit,

Ansjag ans Dichtung and Wahrheitが漸く今日終へ

た。ので、次からはDleutsche Musterprosa 1をやる

さうだ。

今井教授の國語は此の前の時間から古事記が

終つて、祝詞、宣命にうつつた。

 

九月二十八日 天氣 曇小雨 寒暖 寒 受信 丸善

松崎武雄氏上京

ショーペンハウエルの主著「意志及心議としての世界」日本

訳三冊計二を五百五十頁讀了。(小林からかりる)

上巻の始の方は遅々として進まず、その中に油が乘つて來て、

どんく進み、上巻の第四巻の頃にはショーペンハウエルに圧倒され

て、ショーペンハウエルの哲学が唯一の哲学の様に思へた。中巻

に入ってから批評眼が出て來て、色々疑問を抱いた。ショーペンハウエル

の性格に対する嫌悪の様なものも感じた。

下巻の終についてる「カント哲学の批評」頃では、カントやヘ

ーゲルと彼との考へ方の違がよく分つて來て、ショーペンハウエル

はほんとにカントやヘーゲルが分つたのでない事が分つた。

兎に角、それでも一番同感したのは四巻の中第四巻である。

 

九月二十九日 天氣 雨 寒暖 寒

 

九月三十日 天氣 快晴 寒暖 暖 受信 姉

久し振りで好天気。雲美し。

明日は運動会の為、十時から授業なし。

岩元教授今明日欠席。本学年初めての欠席。