信州はまだ朝夕お寒い事と存じます。京都も私共が
まゐりましてからお天気があまりよくなくて夜はお火鉢がないと
寒い位です。
お母様は今頃何をなさつていらつしやるでせうとさつきも醇郎様
とお噂いたしました。長い汽車旅行でお疲れのところを
翌日は朝早くからお掃除やお風呂たきまでしていたゞき
本当に有難うございました。あとをゴタゴタひきちらけて
おかたづけがどんなに御大変な御事かと申訳なく存じます。
私共あまり暢気に考へすぎて今度は荷物が少ないから
簡單にすむ事でせうと思つて居りましたので たちます
間際になつてあんなにいそがしくなりお母様にも大変御
迷惑をおかけ致しました。もつと早くから準備をすれば
よかつたのですのに間際になつていそがしくなり毎日睡眠不足
がつゞいて居りましたのですつかり疲れてしまひました。
汽車は上諏訪から席がとれ塩尻からしばらく窮屈な思
を致しましたが中津川から二輌連結致しましたので
ここからは本当に楽でした。汽車が少しおくれた為名古屋
から八時十分發の近畿日本鐵道に乗り、四日市
の諏訪驛で下車し門部行きの電車に乗らうとしま
したところ わづか十分遅れた為終電車に乗る事が
出来ず 仕方なく重い荷物を沢山下げて一里半の道を
歩いて来ました。途中雨に逢ひ昭子は暗いのでこわがつて
少しも歩いてくれませんので 十一時半頃兄のところに着い
た時は二人もクタ〳〵に疲れてしまいました。後できい
たのですが最近オヒハギが出たとか 本当にびつくりしました。


 途中一台のジープが通りすぎました。手を上げれば
大抵乗せてくれるさうで本当に残念な事だつたと話し
合ひました。翌日は雨降りでしたし あまり疲れましたので
1日やすんで十八日の午後こちらにまゐりました。
伊勢はあたゝかでお麥の穂も出て そら豆・ゑんどうは
昭子の背丈位にのび今丁度花ざかりでした。
京都驛で私ははじめて米兵を見ました、黒人兵の黒いの
には驚きました。京都の家についてやれやれと一息ついた
ところに 荷物が来て早いのにびつくり致しました。
全部無事について喜んで居ります。
こちらの家の畠の事等少しも知らずに来ましたが道ばたの
お庭のすみに「カボチャ」を少し植えたいと思ひますから
御迷惑でございますがあの罐の中に入つてゐますのを少し
御送り下さいますようお願い致します。封筒に入れて
「種子」として送れるかと思います。
折井清一、赤広造、今朝吉、興作、
オタケ 等と紙包みに書いてありますのを少しづゝ
お願い致します。美味しかつたのを 頂いた方の名前
をしるしておきました。京都は之からまいて丁度
よいさうです。伊勢ではもう葉が三枚出て居りました。
お母様それから私共のおいてまいりました荷物は
お蔵に入れて頂きますのは大変でございますから整理
ダンス、茶棚は勿論桐の箪子もあのまゝにしていたゞいて
結構でございます。大きなものをお蔵におはこびいただき
ますのはとても大変でございますし 大したもの入つて居りま
せんから 箪笥の小引出しの中にカギが入つて居ります


からそれをかけていたゞけばあのまゝにしていたゞいて結構でござ
います。
もしおしまひ下さいますのでしたら醇郎様のお洋服の箱と
行李位御面倒でもお願ひ致します。
昭子は荷物をとくそばで見てゐて「今度はアヅキだ」
なんて大声を出しますのでヒヤヒヤします。お隣りが
近いので
醇郎様は今日はじめて大学へおいでになりました。
皆食料不足で困つて居られるさうです。
大変ごたごたとかきましたがよろしくお願ひ致します。
どうぞくれぐれも御身御大切にあそばして下さいませ

四月十日               かしこ

御母上様
                     証子