心持よき朝     小松百枝
「はつ」と目をさました。
もう少し眠らうと思ひながら、考へるともなく頭にうかんで來たことは昨日、母に「これからいつも皆もう少し早くおきることにしようね」と言はれたことである。
母が起きて居るかと思つて耳をすますと池端でなべのすみをとつて居るらしい音がする。
私は急ひではね起きた。父も弟も眠つて居る。
母に言はれたことを忘れて居るのであらうか。
私だけこんなに本氣になつてばかを見たと思つた、が一度起きれば起きた方が良いやうな氣がして、ほんとに靜かな室を通りぬけて私は外へ出た。母は私を見て「まあもゝさん珍しい早起だことね」と、笑ひながら言つた。手には鍋を持つて居られる。
母は毎朝この位早く起きるのであらうか、と思ふと早く起きられるのがうらやましい様に思つた。
急ひで顔を洗つて來た。隣ではまだおきていないのかいつも私が起きればきつと明かつて居る戸がしまつて居る。たうふやの聲も今朝は珍しく聞こへない。
早起きをすれば色々のことがちがつて居るやうでなんだか不思議である。
私はなんだかうれしい様な氣がして、花畑へ行つて草をとつたり水をやつたりした。
四月頃父が花の種を持つて來て下さつたので庭の端へ植へておいた。がその花が咲いて小さな可愛赤と白との美しい花が出來たのである。
私はそれがなんとも言へなく可愛かつた。
花のまはりをさくをやつてやつたらほんとにりつぱな花園の様に見へた。
私は庭をはいて見たくなつたので長いはうきで石と石との間をていねいにはいた。母はうれしさうに「有難う」と言はれた。
其の中に父も皆起きて來たので樂しく朝飯の膳についた。時に障子にさつと太陽が美しくあたつた。
ヲハリ
八月三日 午前

よい文です。よい文です。いい心持が表はれてゐて。
(用紙 諏訪高等女学校)