いさのと友人の歌
最初の八つの歌は生涯友人としての付き合いが続いた長野師範女子部の同窓との会で作ったらしい歌である。「四十五年つづいた友情」とあるように自分の死までもう何年もない時の会であろう。共に老いた友との共感をもとに歌を作りながら、「亡夫はしらざり」と言って二十年も前に不運の死にあった夫のことを歌っている。次の三つの歌は四賀光子近詠とあるが四賀光子は太田光子で太田水穂の妻である。いさのと四賀光子との付き合いは詳しいことはわからないが最後までよい友であったようである。、

招可れて爐端に對(むか)ひ可たじけな 友のしわ手になべずみの染み
自(し)可山より伐里し薪木と友可焚 大き爐に沸くあまざけの可を里
牡丹雪降りの豊けさ老いし友が 手搗きのもちに香にたち焼くる
生み立ての卵は朝の膳に添へて ひるは志ること友のもてなし
炬燵邊に三人の老いや生き残る 同級の友に書くよせがきを
命生きて友の情けにあまへ居る この幸を亡夫(つま)は知らざり
友の庭の野菜をかこふ藁おほひ 五つならびて朝光(かげ)を浴ぶ
四十五年續く友情のみたり語る 信濃の鄙や冬あたたかく
■紙に書可せて頂くやうな歌もなし手習なかなか出来なくて困り入ります
いづれ又御目に可可里ましてごきけんよう

四賀光子氏近詠
わが翁いかに目ざめの楽しきや 床の中より歌うたひいづ
らちもなきことに争ひすぐ忘れ 老いつも二人住むは甲斐あり
燭とりて老いたる夫が風の夜の 用心いりて襖しめゆく

たらちねのははをこふれはいはけなく こころは憶ふや老いづく
                        光子
ゆか里こき花の