前年度記事

あはたヾしくも大正十四年は過ぎ去つて了つ

た。目まぐるしきばかり変化に富んだもので

あつた。

先づ受験準備に年は初まる。其結果兎に

角無事に一高に入る。第一学期は僕の生活は寮

と調和しなかつた。従つて、相当苦しい生活であつた。

第二学期時僕の生活は寮とピッタリ調和する様

になつた。従つて相当愉快なものであつた。

此の目まぐるしい繪巻物を彩るに讀書を以て

する。五十冊に余る讀書は僕の頭をして一段

進歩させるものがあつた。尚、「本」と云ふ物をほんと

に理解し得る様になつた。

 

一月

一月豫記表 仕事の整理

 

一月一日 豫定止

元日。山岡正規氏と岩崎忠郎氏外三名から年始状來る。

昨日は気持が悪かつたが、今日は比較的良い。

朝一時間程ホテルの池でスケートをする。湖水は春波洋々たりと。

カルタ、トランプをする。

人間醜。

 

一月二日 豫定止

晩食は兎。上田以來数年振でウサギを食ふ。

午後小口治男氏を訪問する。氏の母堂チブスにて去月二十八日午後十

時半死去された為、氏の髙校受験も望ないとの事。

校友會誌三〇四号三〇五号読む。午前。

今日は荒。吹雪。

今井博人君大林郁次君から年始状。

 

一月三日 天氣 荒 寒暖 寒 來信 中村豊 石沢次夫 發信 上二名 林睦夫 小沢

一雄 大林郁次 今井博人 豫定止

夕食後あたりから寄麗に晴れて温度断然下る

カルタ、トランプに時間を送る事多し

 

一月四日 天氣 晴 寒暖 寒 來信 篠原新 小松醇郎 發信 小松醇郎 豫定 止一月十日上京

午後公園迄散歩。公園で富岳が明瞭且大きく見えた。

上諏訪の町は自然に包まれてゐる。何処でも自然の香豊かだか

ら散歩しても愉快だ。屢々町の所々に現れる自然に驚異する。

東京の町は自然が人口の擒となつてゐる。

「一つ」には正邪も善悪も黒白も明暗も遠近もない。物が二つ

以上集つて初めて其等のものが生ずる。

東京にゐる時よりは家へ歸つた時の方が体の具合が悪い。

気がゆるむからだらう。

 

一月五日 天氣 雪 寒暖 冷 豫定 止

一昨夜非常に寒かつたので諏訪湖が凍りつめたが未だ乘れなかつた。

今朝も行つて見たら、滑走に数十名走つてゐた。

只二晩だけで乘れる様になつたのだ。が、今日一日だけはスケートす

るのを止す。

 

一月六日 天氣 晴 寒暖 暖 來信 考へ方研究社 豫定 止

午前鶴遊館沖で和郎とスケートをする。其処で、中村勝忠氏名取五郎氏

今井博人氏と逢ふ。今井君は十五日頃上京すると。

 

世界に於ける兒童の約四分の一は六歳以下で死亡し、約二分の一

は十六歳以下で死亡する。

 

一月七日 天氣 晴 寒暖 暖 發信 篠原新 藤森良藏 伊藤新之助 豫定止

例により九時―十一時、湖でスケート、和郎と。寺嶋和夫氏小口政美氏

名取氏に逢ふ。今日は昨日より疲れた。遠方へ行つたからだ。

 

記述的科学 動物学・植物学・鉱物学

説明的科学 物理学・化学

 

 

一月八日 天氣 晴 寒暖 寒 豫定止

朝五時半弟を駅に迎へる。非常に寒い。

十時―十二時スケート。鵜飼克己氏名取五郎氏に逢ふ。

 

一月九日 天氣 荒 寒暖 寒 豫定止

十時過―十二時前スケート。

午後一時上諏訪駅発下諏訪駅着。母と姉と和郎とで

諏訪神社下社秋宮春宮参詣。午後三時二六分下スワ発

歸宅。

 

一月十日 天気 晴 寒暖 暖 來信 (弟-和郎 姉-百枝)からのと研究社営業部からのとが来てゐた。

發信 小松和郎(家) 豫定止

七時半たヽきおこされる。八時二十八分上諏訪駅発飯田町駅行が後れて四十分

頃出る。三四十の女が僕等の前で吐いてきたない。丁度晝

食の時。口(ママ)分寺で姉と電車に乘り換へ、武藏境で途中下車、

小金井散策。まるでつまらない町。姉は西荻窪で下り、僕は

新宿で乘り換へ、駒込迄省線電車で行く。其処から

市電。

用意をし、ホールで夕飯を食ひ、姉から頼まれた、研究社英

文学叢書のエマースンのリプレゼンタティブ・メン(郁文堂で)及南日

恒太郎氏の和文英訳法(一貫堂で)とを買ふ。

其から小野圭治氏宅訪問。

 

一月十一日 天氣 快晴 寒暖 暖 發信 小松澪子(葉書及書物二冊ノ書留)

第二学期の成績発表があつた。僕は二十一番。未定一人だから三十九人中であ

る。一学期は未定三人で三十七人中三十番。入つたのが二十二番だから元へ歸つた

訳。二学期は一学期よりは学校の事を勉強した時間はずつと少い。のに、

此度の方が成績が良かつたのに就その第一の理由は、共同研究の効である。

一学期には一人だけで勉強してゐたが、二学期には同室の人達と一緒に勉

強したのが効があつたのである。

 

一月十二日 天氣 曇 寒暖 寒

○今日はいさヽか消耗してゐる。今朝眼を覚した時、喉が相当痛んで

足が変なものであつた。尚、劔道部、柔道部、陸上運動部、弓術部が

寒稽古に起して歩くので、早く目が覚める。其や此やの為だらう。

○今日登張の獨和大辭典を買ふ。之を持つて、僕の辭書蒐集事業が終

つた。一先ず、買ふ辭書が途絶へたと云ふ訳である。一年弱も掛つて此

事業が完成して、今後自由の身となれると思へば変な事で

はあるが、うれしい。

 

一月十三日 天気 晴 寒暖 暖 發信 母へ

○ポカポカと気持の良い日。

○昨日より気持が良い。やはり軽い風を引いたんだらう。近頃雨が

降らないので風が流行るんださうだ。

○丸善へ行く。現代文明よ。汝も末期が迫つてるぞ。現代の文明も

永久に続くものではない。永い永い人類の歴史の中の一現象である。数

万年も立てば、現代の物質文明も過去の過去の一つの歴史の資料

としてのみ残るだらう。現代に生息してゐると、現代文明が現在の

調子で段々進んで行く様に意識的に亦無意識的に考へてゐる。が、

何時どんな大破壊大革命が起るかも知れない。之は実感の問題

だから、説明では表し得ない。

○國語は今年即ち今日から古今和歌集に入る。

 

一月十四日 天気 晴 寒暖 暖

○三浦吉兵衛先生の獨逸語の講義は中々良い。明解だ。

○ハウプトマンの「線路番ティール」をやつてるが、中々難しい。其でも今年にな

つてから今日で予習が第四日目だが、今日は前三日よりづっと

楽になった。

○夜寮生慰安第二回映画大會を見る。冬期スポーツが主だつ

た。其為に諏訪が懐しくなった。諏訪へ行つてスケートをしたく

なつた。

 

一月十五日 天氣 曇 寒暖 暖 來信 家から餅が來る。母と和郎 發信 家へ葉書 豫定 入浴 餅を矢島年吉君へ少し分ける。

○家への葉書の一節に曰く

「今日から入学志願者の願書を受付けて居ます。受験生が大勢来て、校内

を散歩したり、又は願書受付を待つ間も本を見たりして居ます。漫ろにひ

ととせの昔がしのばれます。」殊に母親らしい人が不安さうな顔をして来てゐる

のを見ると、いささか悲哀を感ずる。

○人のする様な事は何でも一通りはして見る必要があるし❘少くも僕

に取つてはさうだ。煙火を吸ふ事、酒の飲む事、代返する事、何で

もなくても学校を休む事、活動を見る事、寮雨をする事、万年床を

する事、ストームに行く事等何でも良い。其する其自身としては価値

なくとも、其内容を引きくるめて、全体として価値がある。とも

すれば卑屈になり易い自分に取っては之を救ふに価値がある。

何も道学者風にさう固く考へる必要がない。心を寛かにする必要がある。

○篠原新君、今井喜代郎君とシネマ・パレスに行く。滑戀愛三代記。頓珍漢武者振ふ。極楽島の**。

欄外注記

近頃二三日は気持が良い。自己の確立だ。然しはかないうれしさか?

善事にまれ、悪事にまれ其に対する一通りの理解を持つ事は必要である。世の事で、知つてると悪い事は一つもない。

 

一月十六日 天氣 曇 夕飯頃から細雨降つたり止んだり 寒暖 寒 來信 姉より、図書世界十一・一(博文館目ロク) 發信 俺はしいたげられたる女性の同情者だ。 豫定 止

○夕飯後、竹内潔氏訪問。彼も相当頭が良い。理科の人としては物が分

つてゐる方だ。

○AがB或無事を願ふ。Bは其を拒絶する。Bに取つては拒絶するより

外に方法がないんだ。Aにしても事情を聞いて見れば成程であると思

ふ。然し、理屈はさうでもあつても感情から云へば、気持が悪いし苦

しい。此は自分の意志で左右しえないんだ。修養に依って、こんな際に

気が悪くならない様になりたい。然し又考へても見れば其が人間としての

ほんとうの姿であつて、こんな際に何とも思はないのは人形になつたのかもし

れない。つまり人間は悩ましい動物なんだらう。

○人間なんかいくら叫んでも、他人には分らない。外からどんなに主張して

も他人は其を味ひえない。何をしやべつても其ははかない事だ。自

己以外の誰も同感する人はない。各人々々自分の城にたててこもつて

ゐて他人の世界は味ひえない。つまりは、はかない、淋しい、孤独の人間の姿だ。

 

一月十七日 天氣 曇後晴 寒暖 暖 豫定止

六時半頃目が覚めたので、少し本を讀んで又寝たらずーっと寝て了つて

気が付いたら、一時半であつた。

今日は生理的に気持が悪い。・喉の工合が近来少し悪い様だ。

 

決議!!!

吾人は総べての人類と絶交す。

 

一月十八日 天氣 曇 寒暖 寒

○記念祭の余興に明八、東十二、中五が当つた。

○明年度寮を出た方が良いか、出ない方が良いか、考へれば考

へる程分らない。

 

一月十九日 天気 小雨 寒暖 暖 來信 父から

○作文の題「趣味」。此度は宿題。來週の月曜迄だ。

○或外国語の單語を知るに、日本

人はごく表面的の一通りの意味しか分らないが、其囗人になると、過去の其

單語に対する多くの思出がある。さう云ふ事がバックになつてゐるのだから

どうしても日本人はかなはない。

○此度の冬歸郷した時、一寸した話の端に父が僕に「和郎が、お前が可愛が

つてやつたからうれしいと云つてゐた。」と云はれた。其時感ずる事あり。

今迄無意識に和郎を虐げてゐたのだらう。小さい魂がどんなにいぢけ

た事だらう。此方では何とも思はずにやつてゐる事が、人には如何にひど

しひく事よ。

○父から頼まれた事件で、竹内潔先生を訪ふ。不在。書を置く。

 

一月二十日 天氣 快晴 寒暖 寒風 發信 父へ二つ、初は手紙後は葉書

豫定 入浴

○学校で竹内潔氏にバッタリ逢ふ。結果を父に報告する。

○僕の方はトツプが79点平均、逆トツプが63点ださうだ。

○吾人―

 

一月二十一日 天氣 快晴 寒暖 寒 來信 母と姉と

 

一月二十二日 天氣 晴 寒暖 極寒 昨日から断然寒い 發信(小松澪子)小松いさの 小松醇郎

○余を虐ぐる者に感謝す。其は吾人をして生活体験を深からし

むるが故也。

 

一月二十三日 天気 晴 寒暖 寒 來信 姉 發信 姉(英語青年)明治書院、新潮社、郁文堂

○離れてゐると、其人を現想化し又は美して(ママ)回願する傾向が

ある。

◎今日モーパッサンのショート、ストーリズを読み終わつたから、此度はカーライル

の英雄崇拝論を読む。で、現在読みつヽある英語の本は同書と

ホーソーンのツヮイス、トールド、テールズである。

○今日で漢文の論語孟子抄が終った。次からは左傳戰口(ママ)策抄。

今年度は戰口(ママ)策の方から始める。

 

一月二十四日 天気 晴 寒暖 寒 來信 父 郁文堂 發信 父 積善館 豫定 止

○今日はいささか消耗してゐる。昨夜一時半やかましいストームが来

た為だらう。

○現在の所では来年度は寮を出たく思つてゐる。近來寮にゐ

たくも思つてゐたが。現在の室員なら三年居ても良いが、來年入る同

級の連中を見るとどうも気に喰はない。気に喰はないと云ふのは只

いやだ位ではない、深い生活体験を伴つてゐるのだ。然しとても言葉

などでは言ひ表せない。出るとしても、明道館はあまり面白くない。

○記念祭の飾物に関する協議を近來してゐる。が、未だ決定してはゐ

ない。

 

一月二十五日 天氣 快晴 寒暖 寒 發信 父

○昨夜寝床で思ひ付いたのだが、相当ねむつたにも関らず昨日頭の

妙に―今迄経験した事のない様な―いたかつたのは、多分日の向る所

で九時半迄ねてゐたからだらう。

○今日旗を六枚(一室で)書いて、引換に記念祭入場券一人二十枚宛貰

つた。記念祭の飾物は「云ふを止めよ 人生はかなしと」て決定。

○今迄に一番多く本を読んだ人は某佛人で三万冊ださうだ。

 

一月二十六日 天氣 晴 寒暖 寒 來信 小松澪子 發信 小松澪子

 

一月二十七日 天氣 快晴 寒暖 暖 來信 父、母、姉、醇郎の写眞(書留)←著月報(明治書院) 歌学全書第一巻(家から)電報 發信 父、母

○今日で上村淸延著「獨逸文法教科書」が終つた。五月から九ヶ月で終

へたのである。

○父から手紙と醇郎の写眞二葉とが來て、願書を申し込んで來れと云つて來

た。所が夜に又、電報が来て、一日見合せろと云つてよこした。

 

一月二十八日 天氣 快晴 寒暖 暖 來信 電報(父) 醇郎 發信 本(醇郎)

○首相加藤髙明子(ママ)今朝八時四十一分逝去。若槻禮次郎氏臨時首相、辞表呈出

○晝から父から返信付電報で、

モウシコミスミシヤヘンコマ

と來た。考へて見るに昨日の

モウシコミスミシカへンマダナラ一ヒマテコマツ

のヘンは返事よこせと云ふ意味であつたのである。昨日はヘンの意

味は分らなかつたのだ。人に聞かうかとも思つたが、ヘンに大した意味があるのではあ

るまいと思つて、止した。僕の経験の足りない為に事に支障を起し

たと思へば、自責の念に堪へない。僕としては止むをえなかつたのだとは云へ

やはり心苦しい。

マダと云ふ返電を打つ。其返電は未だ来ない。

 

一月二十九日 天氣 曇 寒暖 寒 來信 父、母(写眞も)、電報 發信 父、母(醇郎も)電報、髙木守三郎

○今日から断然飾物取付開始。

○又父から電報が來た。コチラウケルソチハヤメ」コで返信料付。

ヤメルと返電す。この電報は返電不必要と思はれる。

○家から此間頼んだ、受験写眞の焼増三枚来る。

○若槻禮次郎氏に大命下る。

○今日あたり道を歩くと、子供達に入場券を呉れと云つて包

囲攻撃される。可愛い子供達にせがまれると、やりたくなる。

和郎を思ひ出す。

 

一月三十日 天氣 曇 寒暖 寒 來信 姉 發信 姉

○記念祭飾付は大体修了。然し明日も相当忙しい。何かどうか

仕事があるものだから。金土二日で大体出来た訳だ。

僕は廊下飾付の役。

 

○英囗(ママ)人に取つては、英語は生きてゐる。生命あるものとして、優になつかしい

感じをもつて耳に響いてくる。が、日本人に取つては、英語は單なる音響と

機械的意味とを持つに過ぎない。

○墮落を堕落と思ふゆは堕落に非ず。ダ落をダ落と思ざ

るがダ落也。

 

一月三十一日 天気 雨 寒暖 寒 來信 父 發信 姉(二ツ) 父(電報)

記念祭の飾物一通り見て廻る。其時感じた飾物に対する注意。

1.文字は成るべく省くか簡単にする。煩はしくて読まない。

2.廊下装飾は成る可く手数が簡単で奇れいなのを撰ぶ。

廊下装飾を見る人は殆ない。

五の倍数の数の記念祭の時には今晩は全寮晩餐會であるが

此度は三十六なので今夜は普通の飯。そこで、連中は夕飯後外へ出て

酒を飲む。僕は少し消耗してゐたので、寝て了つたら、酒によつた

連中が、二三時頃まで引切りなしに歸つて来てはストームに来た。

○父から手紙が来て、大学病院婦人科の佐伯氏に面會の上、レントゲンにかヽれるか否

や聞いて呉れ、とあつたので、大学へ行く。朝。不在。晝頃迄待つ。氏の妻君の妹さんが島薗内科

傳染二号に入院して居られるから、其処に居られるかも知れんとの事で、其処へ行く、不在。

其処で氏の宅を伺つて、晝食後氏の宅へ行く、不在、大学へ行かれた。氏の奥さんに電

話をかけて貰つて、何時でもかヽれる事を聞く。