八月一日 天氣 曇 寒暖 暖
○三回入浴。
午後白駒ノ池へ行カウト思ツテ出カケタガ、曇ツテ風ガ吹イテ物凄クカツ
キリガ下リテ來タノデ サイノカハラ カラ引キ返ス。
○同室ノ宮沢君カラ椎尾辨匡氏著「人間の宗教」ヲ借リテ一日デ
讀了ス。第二位ノ本。僕ノ本ノ分類法。
第一位 殆ウナヅケルモノ、著者ヲ尊敬スル気ニナルモノ
第二位 全体トシテハウナヅケレガ部分的ニ思想ノ浅イ所カウナヅケナイ所ノ多イモノ
第三位 全体トシテウナヅケナイモノ 「著者ヲ尊敬スル気ニハナレナイモノ
八月二日 天氣 晴 寒暖 暖 來信 今井博人
○午前六時起床。二回入浴。三円九十銭拂ツテ、午前八時五分湯ヲ出デ歸
路ニ向フ。正午山浦ノ家ニ着ク。道ヲ少シ間違ヘテ鬼場橋迄出テ了フ。
晝飯ヲ食ベル。山浦ノ家ニハ祖ト弟二人ガ居ル。四十分強カカツテ茅
野駅ニ至リ、二時三十九分発デ上諏訪ニ歸ル。行キヨリ歸リノ方ガツカレル。
○暑サ大、思フニ近頃ガ今夏ノ頂上ダラウ。
八月三日 天氣 晴 寒暖 暖
○午後一時カラ中学校ノ記念館デ同窓會ノ下相談。今年ハ上諏訪
ノ者ガ主催。決定事項。
一.八月十二日、午後四時ヨリ。
一.會費一円五十銭。
一.鷺の湯。
八月四日 天氣 曇小雨 寒暖 冷
○午前五時父に起こされ、午前五時四十八分発の汽車で、父と山浦ヘ
桑もぎに行く。行つて見ると、僕はかぶれるので、午後二時三十八分
茅野駅発で上諏訪へかへる。
○我は斷然東大文学部哲学科を志願せん事を決心せり。眞一文字に眞
理の探究に旅立たん事を決心せり
八月五日 天氣 曇 寒暖 暖
○今冬、冬枯の山を見て、禿頭に実によく似てゐると思った事
があつた。今日庭師の手を入れた松を見て、刈りたてのヂヤンギリ頭
そっくりだと思った。人間も自然である。
○子供と云ふものは、父母其他長上の者が入ると、非常に遊戯を
面白く感ずるものである。
○読書は虚心坦懷でしなくてはならない。心に捕へられる処あ
つては読書の効が減ずる。従って交際接觸の多い時期は讀
書に適しない。殊に家族の中に少しでもわだかまりのある時は心
平静に書に向ふ事が出来ない。尤も一家よく心が一致和向してゐ
る時には反って良い。然し、成る可く人と顔を合せない所が讀書
には適する。然し、一方又刺激がなければ讀書の出来なのも
事実である。
八月六日 天氣 曇小雨 寒暖 冷
○一学期掛カツテ讀ンダ事ヲ休中掛ツテ消化スル。
○善ト悪トハ対立シタ思想デアル。惡ヲ知ラナイ善人ト惡ノ試練ヲ經
タ善人ト成果ヲ同ジデアルガ深刻味ガ違フ。後者ニハ潜在力ガアル。
前者ハ悪ニ逢ヘバ悪ニナルカモ知レナイガ、後者ハ悪ニ逢ツテモ決シテ悪
ニ負ケナイ。悪ノ試練ヲ経ル人ハ非常ニ強イモノデアル、力ガ生ズル。
聖アウガスティンヤ聖パウロ其他例ガ多イ。箱入り娘ハ決シテ貞操
堅固デハナイ。
○此世ハ善ト悪トノクシクモ妙ナル交錯デアル。善ト悪トノ何レカ一方ノミヲ
見ルノハ決シテ正シイ見方デハナイ。善ガナケレバ悪ハナク、悪ガナケレバ善ハナイ。
然シ、悪ニ遷ルハ易ク、善ニ遷ルハ、難イ。吾人ヲ悪ニ引ク力ハ実ニ強イ。然
シ決シテく吾人ハ遂ニ悪ニ満足シ切レルモノデハナイ。極悪ニ浸シテヰテモ決シテ心ハ
安ラカデナイ。悪ニ居レバ必ズヤハリコレハホントデハナイ、ヤハリ人間ハ善デナクテ
ハナラナイト思フ。ソシテ、善ニ向ハントスレバ悪ガ非常ナ力デ吾人ヲ引ク。コノぢ
れんまニ立ツテ、遂ニ善ノ勝利ガ人間ノ使命デアル。対立ヲ綜合スル、相対ヲ絶対ニスル、善悪ヲ超越シテ善ニスル。此吾人ノ理想デアル。
八月七日 天氣 曇小雨 寒暖 冷
○善悪ノ対立ガ此世界デアル。此対立ヲ絶シテ善ニ致ル此吾人ノ理想
デアル。然シ此理想ノ善ハ悪ヲ含マナイ所ノ、悪ヲ排斥スル所ノ善デハナイ。
悪ヲ含ム所ノ、悪ヲ取リ入レ之ヲ消化スル所ノ善デアル。悪ヲ含ムガ故ニ
力強イ善デアル。善悪対立ノ善ヨリ善悪綜合ノ善ノ方ガ力強イ、
深刻味ガアル。悪ヲ含ンデ居ルカラデアル。黒ノ側ニ白ヲ置ク事ニヨツテヨ
リ強ク黒ガ認識サレル。黒人ノ歯ハ白イ(ト見エル)。暗強キガ故ニ明
ガ強イ。塩ヲ入レルト砂糖ガキク。
○涼シイ。秋風立ツ。モウ夏ノ盛リハ過ギタ。
○父ト太田氏ト三人デ三の丸ニ釣ル。父七匹、僕ト太田氏各三匹。
八月八日 天氣 曇後雨 寒暖 暖後冷 發信 今井博人
○午前例の三人で釣に行く。今年の釣の名残として。初め文出へ行く。絶対
的に駄目。そこで仕方なくその三の丸で釣る。父五匹、僕二匹、太田氏一匹。
○夕の雨はやはり良い。寒い位。秋の先駆。
八月九日 天氣 曇小雨 寒暖 暖
○昨夜雨が降つたので釣れるかと思つて、父と文出へ行く。太田氏は昨日
の疲れで気持が悪いと。文出は昨日よりは少しは良いが駄目。三の丸
に歸る。父三匹、僕無。日にく駄目になる。
○明日山浦へ行く予定。
○矢島羊吉氏訪問。
○散髪、入浴。
○我輩の創作したる階級列。
哲学 科学
宗教
藝術
八月十日 天氣 快晴 寒暖 暑
午前八時二十八分上諏訪駅発で米沢村の家へ行く。醇郎と交代。醇
郎、和郎と三人で小川へ鯉取りに行く、収穫。
一年鯉 三匹
鯉子 十六匹
土ジヤウ 十六匹
八月十一日 天氣 快晴 寒暖 暑 來信 新井勝
雀を二匹取る。朝和郎一匹、夕方僕一匹。可愛さうだから以後雀
は取らない事にした。一年鯉一匹、土ジヤウ二匹。
八月十二日 天氣 快晴 寒暖 暑
一年鯉一匹 鯉子一匹 中間一匹 土ジヤウ一七匹
着物共 十三貫二〇〇匁。
八月十三日 天氣 快晴 寒暖 暑
母、醇郎、百枝来る。二回魚取りに行く。
第一回 三四年鯉(長サ六寸位)一匹 鯉子十四匹 土ジヤウ八匹
大キイノヲ取ツタノデカヘル。
第二回 二年鯉一匹 土ジヤウ十九匹
鯉子 五匹ト土ジヤウ二十匹位 カジカ二匹、ムロッ子二匹、和郎ガ
*(?)ンデナクス。
八月十四日 天氣 快晴 寒暖 暑
近日極暑、父来る。
八月十五日 天氣 晴 寒暖 暑
姉来て、山浦に一家揃ふ。連日鯉取りに行く。アメノヲを取る。
餅ツキ。夕立来さうで来ず。
八月十六日 天氣 曇夕立 寒暖 冷
午前父母と和郎と四人で鋳物師屋へ墓参り。
八月十七日 天氣 細雨 寒暖 冷
○午後七時四十七分茅野驛發の汽車で百枝和郎と三人で上諏訪へ歸る。十五日から
汽車時間改正で都合良くなつた。上諏訪の方が暑い。
八月十八日 天氣 曇後雨 寒暖 暖 發信 冨山房
○人間が死ぬのは決して肉体が死ぬのではない。精神が死ぬ時死ぬ
のである。生命の燃焼が終つた時、肉体も死ぬのである。され
ば、独歩や樗牛の様な人々は短く太く生命がパーッと燃
え直ぐ消える方の人であつて、長生したら良かつたらうと思ふ
が、実は短く生きるべき生命であるのである。
○世人の必然偶然と云ふのは、質の差ではなく、量の差である。従つて、
総べては必然であり、且總べては偶然である。宇宙の大法則に従つて
生起しないものはないから總べては必然である。同じものは二つとなく、
同じ事は二度と起らないから總べては偶然である。
科学は必然の方から宇宙を見、歴史は偶然の方から宇宙を
見る。
八月十九日 天氣 曇後晴 寒暖 暖 來信 第一髙等学校寄宿寮委員
○社會ニシロ國家ニシロ其他学校ニシロ、其ガ腐敗ノ極ニ達スルト必ズ
改革運動ガ起ル。窮スレバ通ズデアル。人間ハ終ニ善ニ満足シ切レル
モノデハナイ。
宇宙ノ善ヲ信ゼ従スル者ハ此世ノ余リニ悪ニ満チテ居ルノニ驚ク。
悪人ハ榮エテヰル。正直ナモノハ失敗シテ居ル。果シテ善ガ吾人ノ理
想ナリヤ否ヤガ疑ハレル。然シ、此世ニ如何ニ悪人ガハビコラウト、吾人ハ
終ニ悪ニ満足シ切レルモノデハナイ。一方悪ノ引力ハ強イト共ニ、又一方悪ニ
満足シ切レルモノデハナイ。
○晝寝たり、夜起きたりしなければ、夜寝て晝起きてゐると云ふ事
の眞意義は分らない。
八月二十日 天氣 晴夜雨 寒暖 暖 來信 新潮社 内田老鶴圃 新井勝 上諏訪郵便局 發信 小野勇 寶文館
○午食後裏山二登ル。立石ヲズンく登ツテ行ク。高倉徳太郎氏著
「恩寵の王國」ヲ手ニ持ツ。木陰デ讀ム。昆虫ガ邪魔ヲスル。
人ニ逢フ事稀。身自然ノ中ニ在リ。上ニ靑天白雲下ニ緑桑靑松。
気分壯快。冷キ秋風肌ニ快キ事限リナシ。此日ヲ忘ル勿レ。
○近日ノ在家員、攝郎百枝和郎三名。
○汽車ハれーるヲ走ルノガ自由デアル。宇宙ノ法則ニ従フノガ自由デアル。
絶対服従ハ絶対自由デアル。
○家庭ノ王者ハ世界ノ王者デアル。家庭ノ王者ハ世界ノ王者ヨリ幸福
デアル。
八月二十一日 天氣 曇 寒暖 温 発信 森郁次 新井勝
八月二十二日 天氣 曇 寒暖 冷
高倉徳太郎氏上諏訪へ寄らる。停車場に迎へる。夕方山浦へ
行く。醇郎が待って居ると云ふから。今日は川乾し。早く来れば良
かった。父と醇郎とであめのうを八匹其他を取る。
八月二十三日 天氣 曇後晴 寒暖 暖
頃日井戸の水が出る様に工事中。
興味本位の書籍雑誌と云ふものをつまらないと云つて一概に
排斥すべきものではない。人間に軽い興味を与へると云ふ点で少いに
せよ價値がある。然し、其等の書籍雑誌を二度三度読む気は
決してしない。其処が浅いものと深いものとの別れ途である。興味本位
のものからは我々は決して深刻味ある満足は得られない。深刻味
ある要求を持たぬ人には興味本位のものが最髙の好物であ
らうが。深刻な要求を持つてゐる人は己に興味本位のものだけ
では満足出来ない。必ずより深いものを求める。既に深いもの
を求める様になつた人には、一段なり二段なり低い満足を与へる
ものに対してはは(ママ)嫌悪を感ずるに至るのである。
八月二十四日 天氣 曇夜雨 寒暖 冷
正文章軌範統計
韓晶黎 三二文 李文叔 一文
柳河東 五文 杜牧之 一文
謳陽廬陵 五文 陶靖節 一文
蘇老泉 四文 計 六九文
蘇東坡 一二文 一巻 一四文 五九頁
胡澹庵 一文 二巻 八文 五〇頁
王半山 一文 三巻 九文 五七頁
諸葛武候 一文 四巻 六文 五五頁
元次山 一文 五巻 一二文 三〇頁
范文正云 二文 六巻 一〇文 三八頁
辛稼軒 一文 七巻 一〇文 四五頁
李旰江 一文 計 六九文 三三四頁
八月二十五日 天氣 晴 寒暖 暑
井戸工事修了。五時起床。鋳物師屋へ講じ手傳を頼みに行く。
等さんが来る。
八月二十六日 天氣 快晴 寒暖 暑
○山浦の家の井戸の設計
容量 五斗二升
体積 三三七五立方寸
一分四合(ナラバ)満ツルニ 一三〇分
○今日は中々暑い。
八月二十七日 天氣 曇 寒暖 暑 發信 新井勝
○リンゴ(?)が後一片と云ふ所へ飛び込む。
八月二十八日 天氣 晴 寒暖 暑
○二十六日対三髙野球戦。京都に於いて。五対三で負ける。三度負
ける。応援団の喧嘩。庭球は勝。ボートは1-4艇身の差
で負。決勝点近くで一艇身も勝つてゐたのを、ラストで抜かれる。
○午後七時四十七分茅野駅発の汽車で上諏訪へ歸る。
八月二十九日 天氣 快晴 寒暖 暑 來信 寶文館 發信 大日本雄辨會・講談社 二通(懸賞)
○午前、諏訪中学校主催郡下小学校野球大會を髙島小学校庭に見る。此負を見るのは
数年振りである。湖東対中州 一対〇で中州勝
つ。次は髙島対米澤、第一回に髙島七点も上り問題とならないので二三回
見て歸る。十五対一との事。
八月三十日 天氣 晴 寒暖 暑
○明朝上京の予定。
八月三十一日 天氣 快晴 寒暖 暑
○午前六時三十九分上諏訪駅発の列車の一番尻尾の箱へ乘つかつて上
京。金子春雄君並に君の友人、一行三名。此度は変な事があつた。
先ず甲府の少し前で盗難に逢つた人がある。次に酒折を少し行つた所で
汽車往生をした人がある。遠くではあつたが見えた。白
い著物を着てゐた。男だらう。腸がレールの側にあつた。次はもう少し
行つた所で帽子を落した人があつた。
國分寺から電車に乘り、万世橋で下りる。須田町で石沢君に逢ふ。
○晩夕立がする。部屋へ誰も歸つて来ないので一人で寝てゐたら、夕立で
目覚めた頃三井田重治君が来た。野瀬君も居た。三井田君
のバナナを食ふ。