十一月一日 天氣 快晴 寒暖 寒

夜小林直人君遊ビニ来ル。

 

十一月二日 天氣 晴 寒暖 寒

○三澤勝衞先生、汎太平洋学術會議ノ為上京、明道館

ヘ来テ泊マラレル。

○水ニ入リテハ陸ヲ懐ヒ、陸ニ上ツテハ水ヲ懐フ。吾人ハ水ニ於テモ

陸ニ於イテモ、安住シ得ズ。只、ソノ変化ノ中ニノミ安住シウ。

 

十一月三日 天氣 快晴 寒暖 寒 來信 姉

 

十一月四日 天氣 晴後雨 寒暖 寒

 

十一月五日 天氣 快快晴 寒暖 暖

○岩本氏ニ対スル策。平常ノ策。試験ノ際ハ別ニ設ク。

一.授業中ハヨクキク。

二.終ヘレバ直チニ書キ込ム。同時ニ字書ヲ引ク。学校デシテモ良イ。

三.予習ハ普通シナイ。

四.分ラン所ハまーくヲ附スル。此ハ少イ方ヲ義トスル。マトメテ人ニ聞ク。

五.單語帳ハ作ラン。

六.只シれくらむ版ノ時ハ、先生ノ譯ダケ書キ込ミ、字書デ引イタノハ單語帳

ヘ書キ込ム。

七.休時間ニ他人ノ講説ノ傍聴ハシナイ。

 

十一月六日 天氣 晴 寒暖 寒

姉ヲ訪問。未ダヨクナイ。

 

十一月七日 天氣 曇 寒暖 寒

午後上野竹の吉䑓の東京日日新聞の速報板で、早慶戦

(第二回)を見る。早大先攻。慶大五回二点、二対零。

 

十一月八日 天氣 快晴 寒暖 寒 來信 父

○父から(上諏訪から)かりんとみかんを送って来る。

○試験期日発表。十八日が本学期授業終。十九日休。二十、二十二、二四、

二五、二六、二七と試験。十二月一日より第三学期。

○一般に、二学期は生活の充実を感じた。

 

十一月九日 天氣 快晴 寒暖 暖

多讀ノ必要ナキヲ感ズ。眞ノ良書ヲ精讀スルヲ可トス。

 

十一月十日 天氣 晴夜雨 寒暖 暖 發信 父

○ゲーテは總べての経験を経験し、カントは總べての考を

考へた。

○自我ヲ押シ立テテ人生ヲ奮闘スルノ喜ニ包マレテ床ニ入ル。

○近来、「自我」ガ段々明カトナル。

 

十一月十一日 天氣 小雨 寒暖 暖 來信 姉(二枚)

昨夜。自我ニ目覚メタル第一夜。興奮シテ睡レズ。

 

十一月十二日 天氣 快晴 寒暖 暖

対早大野球戦ノ為午後休ミ。ツマリ今週ハ色々デ、午後ハ一日モ

出ナカツタ。

 

十一月十三日 天氣 晴 寒暖 暖 發信 姉

 

十一月十四日 天氣 晴後曇 寒暖 暖

事ニ根本的ノ事トノ枝葉ノ事トアル。

枝葉ノ事ハ直グ実際生活ニ役立ツガ根本ノ事ハ直グ実際ニ役立ツ譯ニハイカナイ。

根本的ノ事程実生活ニ迂遠デアルト云フ傾向ガアル。

哲学ハ以テ直チニ実生活ニハ役立タナイ。ソレダケ根本的デアル。

哲学ノ直チニ役立タナイ故ニ哲学ヲ難ズルハ当ラナイ。

根本的ノ事ハ直ニハ役立タナイガ、全生活ニ光ヲ与ヘルモノデアル。

人間ノ考ヘハ、卑近ナ枝葉ナ事カラ出発シテ、段々過程ヲ経テヨリ根本ヘト進ム。

 

今井(五介)大將来ル。和調ナヂヂイ。教養ガナイカラダ。

 

十一月十五日 天氣 晴曇半バス 寒暖 寒

岩本禎先生御病気ノ由。腹部トノ事。前々週ニ一回出ラレタノガ

最後デアツタ。頭ヲ刈ツテ来ラレテ、中々元気デ五頁進マレタノヲ記憶

シテヰル。

 

一生ニ於ケル囗文法ノ最後ノ授業。

 

十一月十六日 天氣 半晴 寒暖 寒 發信 姉

試験科目発表。

 

-           心      東

-          ―――   ―――

121
11

-  菅         文  経   岩  兵

10

Pet

-         國   史        自  漢

 

20

 

22

 

24

 

25

 

26

 

27

 

十一月十七日 天氣 曇後雨 寒暖 寒

明道館ヘ火鉢ガ入ル。規例デハ昨日カラ。

 

十一月十八日 天氣 曇 寒暖 暖 來信 母 書籍(書留) 發信 母

○最後の授業。大事件出来した。と云ふのは、十二時頃(午後授業なか

つた)歸ると、指示物を見ると「岩元教授哲学概論独語の

試験休止」とある。

行軍以来、三旬弱と云ふものは只岩元百頁にのみ過ごした。

機械的に見れば、其が無に歸した訳である。が、其だけ力がついた事

は感謝する。只ではこんなに勉強出来るものではない。独語の力が

英語を抑つたと確信するに至つたのも近頃であつて、岩元百頁の

為である。人間として、一方馬鹿を見たと思ふ気持はあるが、

力がついたので意をこめ安んずべきである。

これで完全に落第圏を脱した。

 

十一月十九日 天氣 快晴 寒暖 暖

○余ノ興味ハ近来論理ヨリ心理ニ遷レリ。

○余ノ頭ノ動キ初メタルハ今学期ノ事ナリ。今迄ハ讀書ニヨリウナヅクニ過ギザ

リキ。然ルニ、今学期ニ初メテ本ヲ考ヘ、自ラ思索シ、体験トシテ考フルニ

至レリ。

 

十一月二十日 天氣 快晴 寒暖 暖

○秋晴ノ暖キ日。

○菅教授の試験。十時から十一時迄。朝今井が質問に来る。

一箇所滑稽な誤をした外大過なし。先づ最先よし。

 

十一月二十一日 天氣 快晴 寒暖 暖

○近来ノ服装。メリヤスシヤツ一枚、ヂヤケツ、冬上衣。三枚。寒イ時ハマントヲ用ク。

 

十一月二十二日

○六時驚ロシイ夢カラ覚メル。カラスガ長泣スル。

○久シ振リデ日ノ出ヲ見ル、東ヲ知ル。

太陽ヲ見ツメテカラ、部屋ニ入ル(電燈ガツイテル)。或所ヲ見ツメルト其処ニ残像ガ表レタ。

赤デ縁取ラレタ明瞭ナル緑ノ玉ノ残像デアル。ソシテコノ玉ハズンく上ツテユク。何レモコイ色デアル。コレハ数分間生ジタ。目ヲ閉ヂテモ大体

等シイ奴ガ現レタ。

○突然父ガ来タ。姉ノ様子ヲ見ニ。熱ガ下ガツテ、モウ起キテルト。

○亀井氏ノ西洋史。昨、今、明三日三晩見ル。夕飯後六時カ七時カラ見テ、十時

カ十一時迄位カカル。中休ハスル。

○國語、心理。出来タ方ナリ。

 

十一月二十三日 天氣 雨 寒暖 寒

○本ハ一回ヨンダダケデハダメダ。部分ト全体トニハ有キ的関係ガアル。ノデ、全体

ヲ頭ニオカナケレバ、部分ハ分ラン。第一回ニハ、ソノ本ノ全体ガ頭ニナイ。第一回目ト

第二回目トハ質ノ違ダガ、第二回目ト第三回目以後トハ量ノチガイデアル。

○近頃ハ毎晩火事ガアル。

○余ノ生活ハ理性生活ナリ。衆凡ノ生活トハ全然其ノ根柢ヲ異ニスルモノ

ナリ。彼等ノ生活ハ反應生活ニ過ギズ。

余ハ近来凡人タル事ヲ学ベリ。凡人ガ無意識間ニ行フ生活ヲ、余ハ

意識的ニ行ハザルベカラズ。凡人ガ先天的ニ賦与サレタル生活法ヲ

余ハ賦与サレテアラザルガ為ニ、此ヲ意識的ニ行ハザルベカラズ。

 

十一月二十四日 天氣 快晴 寒暖 暖

○西洋史と國文法。上出来。

○経済は二二日晩半分程讀み、二三日午前全部よみ、今日夕食後一回読んで出

陣する。

○皇國の興廃此の一戦に在り。

○人間知能ノ發達ハ、一般化ノ過程ナリ。小兒ノ世界ハ個々分裂ノ世界ナ

リ。其處ニ何等、抽象力ノ跡アルナシ。知能進ムニ従ヒテ、一般化ノ要

求即知的統一ノ欲望ハ漸ク盛トナル。斯クテ吾人ハ根本ヲ求メテ止マ

ザルナリ。

 

十一月二十五日 天氣 曇 寒暖 寒

○ペツ、経済、東洋史。不出来ノ方。

 

十一月二十六日 天氣 快晴 寒暖 暖 國際書房

○自然科学。物理は出来た。化学は出来ぬ。

○大宇宙に比すれば人間は実に果敢ないものである。然も、宇宙も吾人の所産

なりてふ底の人間の偉大さを感ず。有名なるパスカルの言をしみぐ近来感

ずる。

 

十一月二十七日 天氣 晴 寒暖 暖 來信 無産社

○漢文、出来た。軍教、普通。

○世の例に洩れず、明道館にも理想派と現実派とあり。松崎武雄氏

を頭株とし、小澤泉氏と小口幸夫氏と之に次ぐ。然して名取五郎氏

すすそ(、、、)もち(、、)たり。眞正の現想主義は余のみなり。北澤正氏、

河角広氏之に次ぐ。然して、山岡克己氏、寺島和氏之に類す。尚、

布*(不明)文夫氏、佐藤囗男氏、太田和彦氏中立たり。

○小林直人君遊びに来る。一寸見渡した所哲学(、、)し得る(、、、)人間は

君だけである。河角広君は哲学を知って、哲学するを知らぬ男。

松本博君や矢嶋羊吉君は問題にならん。

 

十一月二十八日 天氣 快晴 寒暖 暖

○試験を概観するに、大体に於いて好成績。

一学期より出来たもの。  菅。國。西洋史。漢文。

同じ位のもの。 國文法。ペツ。経済。東洋史。自然科学。軍教。

一学期より出来なかつたもの。 心理。

○本を讀むだけではいけない。考へなくてはならない。本を讀まない期間を

持つのも必要である。

○本を讀んでゐて、中に出て來て分らなくて困る事。

一.ラティン語、  一.ギリシャ語、  一.佛語、

一.数学。    一.佛教ニ関スル事。

○頭否人間がどんく進んで行く。懐疑の雲は解けて行く。

○試験前及試験中、讀書しなかった間に、多くの思想を消化し、一段の

進歩を見た。従って讀書慾が猛然と起る。

 

十一月二十九日 天氣 晴 寒暖 寒

○姉ヲ訪問スル。起キテヰル。歸ツタラ、野沢由己君来テヰル。工兵トシテ水戸職隊

ヘ入営トノ事。

姉ノ話ニヨレバ、先日父上京ノ際百円ヲ落シタト。悲惨ナル滑稽。

 

十一月三十日 天氣 晴 寒暖 寒

十一月は終る。十二月になる。大正十六年は今迄にない特別の気持で迎へる。

本年に於ける、余の哲学的進歩を考へる。けだし、一生の中で今年程の進歩

は二度とはないであらう。哲学的考を考へる様になる、即哲学する事の出

来る様になつたのは今年である。昨年はほんの、前調べにすぎなかった。

此の意味で、一九二六年、大正一五年、一九才はごく意義が深い。