十二月一日 天氣 曇後雨 寒暖 寒

礫ナ授業ハナカッタ。体操ヲ繰上ゲテヤツタラ、後デ雨ガ降ツタノハ滑稽

デアツタ。岩本サン休ム。スティームガ出ル。漢文ノ注意点六人。余ハ

ナカツタ。

◎本日ヨリ断然Einleitung in die Philosophie von Wilhelm Windelband

ヲ讀ミ出ス。

○總ベテ職業化ハ墮落ヲ意味ス。其ガ目的トシテ扱ハレズ、手段トシ

テ扱ハレタルナリ。藝術ノ為ノ藝術、学問ノ為ノ学問ナル独立性ノ

失ハレタルヲ意味ス。サレド、本來職業ヲ目的トスル事項、即職業ノ如キハ

職業タルガ即独立性アル所以ナリ。

藝術家ガ職業ノ為ニ繪画ヲ物スハ墮落ナリ、サレド動

機ハ職業的ナルモ、作業ノ進ムニ従ヒテ職業ナル観念ハ失ハレルヲ常トス。

此即遂ニ、墮落ヨリ再ビ離脱スルナリ。

 

十二月二日 天氣 晴 寒暖 暖

Bertrand Russel の Problems of Philosophy を讀む。今日

五十頁、昨日百頁、其前ニ百頁。英囗人だけあって飽く迄経験的である。

斯しの如きものが、哲学の仲間入が出来るか否かも疑はしい。英囗人には

遂に、哲学は分るまい。

 

十二月三日 天氣 快晴 寒暖 暖 來信 姉

岩元教授当分缺席。伊原君の訪問談によると、毎日一回腹が痛むと。

此が直ったら出ると云ふ。ねて煙草をすつてゐる。目をつぶってゐて、伊原君だか誰だか

知らん位ださうだ。毉者に見せては如何ですとでも云はうものなら、日本でワシを

見える医者があるか、と一喝される。

キャツチボールをしたら、手がふるへる。

小林君と夜、神田の本屋を廻る。スピノザのエチカの独訳を一円で買つ

て来る。現代の哲学ばかりでなく、哲学の歴史をさかのぼらんとの要求は近頃

生じたものである。

先日、ラッセルの哲学の諸問題をよんでから、英語はくみし易く、と云ふ

様な気がする。

沼波教授絶望だと。胃癌(ガン)。

十二月は暇である。哲学研究をする。積り。

余は可成的俗事から遠ざかる。凡人の煩事を遠ざけるべく努める。

 

十二月四日 天氣 晴 寒暖 寒

午後郊外散策。大崎駅で下りて、散々歩き廻って擧句、大森駅へ出

て歸る。

神経衰弱初歩。

小口さん、佐藤さん、酔拂って来る。佐藤さん滑稽の数々を盡す。

囗語は今学期は源氏物語。囗文法は先学期で終へて、今学期と

来年とは囗文学史。久松潜一講師。

 

十二月五日 天氣 快晴 寒暖 暖 發信 姉 書留(書籍)

風強クナク。実ニ気持ノヨイ日。

長途ノ旅ヲ事ヘタ。Jitchner Beginner、s Psychologyヲヨミオヘタ。此本ハ

一学期ノ中頃カラヨミ出シタモノデアル。今ヤ、洋書ニ対スル親ミヲ得タ。

英語与シ易シノ実感ガ得ラレタ。

 

十二月六日 天氣 曇 寒暖 寒 來信 野沢由己

 

十二月七日 天氣 曇後雨

○夜、強雨、雷鳴、落付ク。

○Windelband の Einleitung in die Philosophie 六十頁に近づく。

彼はえらい。

 

十二月八日 天氣 晴曇半バス 寒暖 寒 來信 今井博人 發信 今井博人 野沢由己

○田邊博士の名著「科学概論」讀了。寄せ集めの観はあるが、兎

に角好著である。日本人は頭が良いと思った。

○今井から葉書が来て、七日朝彼の父が急死したので、今朝歸郷す

ると云つて来た。

○桑木博士の「縮刷哲學概論」讀了。二度讀む本でない。なにしろ、博

士が二十五才頃の著であるから、無理もないが、年ばかでない様に思はれる。博士

の他の書を讀んだ事がないからたしかな事は云へない。

○初めて凍る。

 

十二月九日 天氣 快晴 寒暖 暖 來信 東京市内外学生大聯合禮拝本部

○三髙の林教授譯のギムフルム・マイスター下巻讀了。正に人生教科書である。譯も可。

○リッカート著山内得立譯「認識の對象」讀了。余が認識論に対する考に

大きい影響を与へた。西田博士の「自覚に於ける直観と反省」を又新なる

光で讀む事になる譯である。

 

十二月十日 天氣 晴 寒暖 寒

○亀井教授西洋史。一学期二学期合計一〇〇点。一学期が悪かつたから三〇、七〇

か、四〇、六〇だらう。もつとあると思ったが。

 

十二月十一日 天氣 晴 寒暖 寒

○一学期と二学期との僕の缺席日数は十八日で少い方から十四番目で、余より多い

人が三拾人ある。

○茶話會。片倉兼太郎氏、今井五介氏、片倉武雄氏、櫻沢鶴吉氏四名来客。

 

十二月十二日 天氣 晴 寒暖 寒 來信 姉 發信 姉

○フアウスト第二部讀了。第二部は難しい。

○試験後讀んだ本は殆手を付けてあるのを讀み終へたと云ふのである。

今年中に讀みかけのを読んで了つて、来年からいくらか系統的に勉強す

る。今迄は只手あたり次第によんだに過ぎない。

 

十二月十三日 天氣 曇 寒暖 寒 發信 姉 々(書籍)

○近来精神統一がうまく行かない。本を讀んでゐても直ぐ他の事が頭へ

浮かんで来て、讀書を煩げる。

○聖上陛下御重態。

○今日より時間割一部変更。

変更の部分。

月 第三時 獨(岩元) 第四時 國(今井) 第六時 國(四大)

水 第一時 獨(ペツオールト)

木 第一時 英(小椋) 第三時 國(今井) 第四時 体(四大)

金 第一時 漢(島田) 第六時 体(鮫島)

 

十二月十四日 天氣 雨後曇 寒暖 寒 來信 今井登志喜 弟 囗サイ書房 發信 丸善株式會社 囗サイ書房

○西郷南洲翁等ハ決シテ怒ラナカツタ。誰ガ何ト云ツテモ、之ヲ包容シ、其ノ小ヲ憐

ンデ只微笑ヲ以テ人ニ接セル。之ハ心ガ大キイカラデアル。ムキニナツテ喧嘩スルノハ、

自分ガ相手ヲ包容シ得ズ、之ト対立ノ姿ニアルコトヲ示ス。

○哲学研究ニ二方面アリ。其一ハ縦ノ研究ニシテ、其二ハ横ノ研究ナリ。縦ノ研究トハ

哲学史ニ因ル研究ニシテ、各時代ノ哲学者ヲ研究スルナリ。横ノ研究トハ哲学一般、

認識論、心理学、論理学、倫理学、美学、宗教哲学等個別的ニ研究スルナリ。

余ハ来年ヨリ此ノ兩方面ヨリ、イササカ系統的ニ研究セントス。

○本年度ニ於ケル書籍購費ハ此ヲ以テ終トス。

考ヘレバ、購入書籍ノ撰擇ハ難キモノナリ。

○聖上、肺炎重ラセラル。今朝御体温三十九度。

○十二月、余ノ級ノ者ヨク出席スル。

○今日ヨリ、股引、足袋ヲ用フ。

 

十二月十五日 天氣 雨雪 寒暖 寒

 

十二月十六日 天氣 晴後曇 寒暖 寒 囗際書房

○ツラトウストラ讀了。良くは分らないが、所々素適の所があつた。

 

十二月十七日 天氣 曇 寒暖 暖 來信 姉

○菅先生注意点デナイ。

○昨日作文日。今日ノ漢文ノ時間ニ書ク。歳晩。来年一月二十日

作文日(宿題)

○一月一日ヨリ十二月三十一日ニ至ル迄ヲ余ガ勉学ノ單位トス。

○近来不眠ノ傾向。昨夜ネギヲ食ベタラ良カツタ。自然ニシテオケバ三時

頃迄ネラレズ、起キルト十一時頃ニナル。

○今井出テクル。

 

十二月十八日 天氣 晴曇半バス 寒暖 寒 來信 姉

○授業ナシ。生徒一同宮城前ニ至リ、聖上御平癒(ユ)ヲイノル。

 

十二月十九日 天氣 快晴 寒暖 寒 來信 母 同*(小包)The globe-Werniche Co. 發信 金星堂

○目覚メタラ、積雪半寸。空ハ快晴。

○漱石全集第四巻ヲヨム。漱石ハ何ト言ツテモ考サセラレル。三篇ノ中「門」ガ一番

面白カツタ。人生(、、)ニ就イテ教ヘラレル所ガ多カツタ。

○一日中家ニ居タラ頭ガボヤくシタノデ、夜神田ヲ歩ク。人通リノ少イ

ノガ感ゼラレル。

 

十二月二十日 天氣 晴 寒暖 寒 來信 姉(書留)

○夜、小林ガ遊ビニ来ル。

 

十二月二十一日 天氣 曇 寒暖 寒 夜に入ツテ雨 來信 丸善株式會社 發信 丸善株式會社

○聖上数日来、御変化ナシ。種々ノ事情ヨリ推定スルニ、土曜ニ御崩御ト

余ハ判断ス。畏レ多ケレド。

○今井トシネマギンザヘ行ク。

○余ガ欠席。一学期五回八日。二学期六回十日。十二月五回十二日。

計十六回三〇日。

○松崎氏北沢氏歸郷。

 

十二月二十二日 天氣 晴後曇夜雨 寒暖 寒

○佐藤氏歸郷。

○風気味。此ト云フ原因ハナイ。段々ナツタノダラウ。色々寒サニ逢ツタノガ

重ナツタト見ル。アスピリンヲノンデ早クネル。

○小口幸夫氏ノ弟サン武夫氏日土ヘ出ル為、上京。

 

十二月二十三日 天氣 晴 寒暖 寒 來信 父 仝(百枝) 發信 姉

やはり風気味。喉がいたむ。然し大した事はない。

父から手紙と電報とが来る。百枝、午後三時四十五分飯田町駅着。迎へに出

る。伊藤三平方へ連れて行く。九時、明道館へ歸る。

 

十二月二十四日 天氣 晴 寒暖 暖

午後百枝を連れて東京女子髙等師範学校へ行く。席を見る。東文二一二番

ラヂオ演藝放送を中止し、聖上の御容態を三十分毎に放送する。

熱四一・〇 脈一六〇以上、呼吸八四 位に達す。

○心理 余注意点ナラズ。

○風悪い。峠。

 

十二月二十五日 天氣 快晴 寒暖 暖 來信 姉

昨夜百枝も余も殆一睡もしない。色々の理由次の如し。

一.興奮してゐる事。

一.十五分毎に鳴る時計のある事。

一.伊藤三平氏夫婦夜間話をした事。

一.号外度々襲つた事。

八時宅を出て、百枝を学校へ連れて行く。八時から午後三時迄。

歴史、英語、囗語。

聖上今晩二時十五分御崩御。光文と改元。

風良い。

欄外注記 昭和元年

 

十二月二十六日 天氣 快晴 寒暖 暖 來信 第一髙等学校書類(弟) 發信 今井博人

○光文と改元は誤、昭和。

○昨夜も伊東方へ泊る。数学、囗語(文法)、囗語(作文)。概観するに

囗語普通、英語不出来、歴史数学可。歴史、数学で英語の欠

は補へまい。十三倍では多分駄目だらう。数学は六題中二題の誤は確実。

○百枝を連れて姉の所へ行く。百枝は姉の所へとまる。

○噫、人生。

○昨夜は余も百枝もよくねむれる。

 

十二月二十七日 天氣 晴 寒暖 暖 來信 冨山房(讀書界)来テヰル

○午前十時十三分飯田町駅発で歸郷。同駅で西荻窪より来た

姉及妹と落ち合ふ。

 

十二月二十八日 天氣 快晴 寒暖 暖

○諏訪湖数日来結氷シタト。

 

十二月二十九日 天氣 快晴 寒暖 暖

晝前、ヴィンデルバンド氏の哲学概論を日仏対照で少しよむ。

太田氏来る。来年文甲にしやうか乙にしやうかと迷って聞き

に来られた。

晝過ぎ少し障子張をする。

 

十二月三十日 天氣 快晴 寒暖 暖

Windelland のEinleitung in die Philosophie を74頁迄

即 alie Quantitat des Seienden の前迄讀む。本年は此本は

此処迄で一先づ打切る事とする。

 

十二月三十一日 天氣 快晴 寒暖 寒後暖

昨日と今日とスケートに行く。

朝、物どもと餅を切る。のしたやつを。昨日餅つき。今年は賃餅屋が頼み手がないと。

鯉で年取り。

近来、大不景気。

 

ラスト、ティーンの最後の幕を閉づ。

学校の作文「歳晩」の最後に曰く。

斯して余は安じて斯く誌して我が日誌を閉ぢん。

我は眞理へ旅立てり。

 

備忘錄

大正三年四月一日   奈良縣師範學校附屬小學校入學

大正五年二月     長野縣上田男子小學校へ轉校   (二年)

大正七年十一月三日  長野縣上田尋常髙等學校(改称)(男子部女子部合併)(五年)

大正八年六月     長野縣高島尋常高等小學校へ轉校   (六年)

大正九年三月       仝尋常科卒業

大正九年四月十日   長野縣立諏訪中學校へ入學

大正十四年三月六日  長野縣諏訪中學校卒業

大正十四年四月十六日 第一高等學校入學

文科乙類一學年  定員四〇名

教室 第二校舎 35番教室

文科乙類二學年  定員四〇名 在員四四名

 

教室 第二校舎   30番教室