六月一日 天氣 曇 寒暖 暖 受信 父 東京高等工業學校

今日は休なので、九時頃起き出でる。

午前中ラスキンのセサメ、アンド、リリーズを少し讀む。

近來、増富平藏譯でシヨツペンハウエルの「意志と心議としての

世界」を讀んでゐる。ショ氏の哲学は兎に角大哲学である。

近來、時々碁をする。寺嶋さんが一番うまい。余とくらべる

と未だ段がある。山口さんは二・三目おいて、余と同じ位である。

棚沢で囗文学史講話と実践理性批判とを四円で買ふ。

初め二冊とも新本でかふつもりでゐたので、一円六十銭出たわけにな

る。「三願轉入の論理」が自ら出た。買つた二冊は殆新本と等

しい位あたらしい奴である。

 

六月二日 天氣 半晴 寒暖 暖 発信 矢島羊吉 黒河内透 (大髙会通知) 受信 丸善株式会社 父(思想)

今井、長坂と相談して、四日午後六時から「よし松」で大髙会を

開くことにする。ドライで希望者は酒持参の事。

午後放課後対三髙選手推戴式に出て見る。

夕飯後北沢とうつろなる議論をする。河角さんの

横槍が入る。

 

六月三日 天氣 曇 寒暖 暖 発信 鵜飼克二(大髙会通知) 父 弟 妹 和郎(皆々様) 太田和彦

昨夜全寮コンパの為、今日は授業が少い。論理を楽み

にして行つたら、須藤さん休。

梅雨おいくくるらん。

書棚をふき、部屋を掃除する。珍しい事。

たまつてゐる手紙をかく。

 

六月四日 天氣 曇小雨 寒暖 寒

諏訪大髙会。よし松滿員でことわられ、長坂と春日町

あたり迄探し歩いたがなく、ふと「考へ方」の会から考へついて

根津権現娯楽園で行ふ。会する者十四名、稀の盛会で

あつた。今井登志喜先生、河角廣君、黒河内透君、山岡

克己君、矢島羊吉君(以上大学)、余、今井博人君、長坂端午君、

小林直人君、五味智英君、小平寬司君、小山定夫君、北

原春雄君、小椋恒夫君(以上一髙)。十一時散会。漫談

に数時間を費す。然し、愉快であつて、成功と云ふべきで

ある。

会計決算次の如し。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

六月五日 天氣 雨 寒暖 冷

十一時起き出でる。

櫻沢氏が六時半から來て、皆で討論会を催す事に

なつてゐたが、氏が体の具合が悪いからとて断つて來たので

菓子だけ食つておへる。

近來、碁ばかやつてゐて、だうもいかん。

ヂェスチャーの遊びをする。おそく、伊藤与七氏が会の後

の為によつてやつてくる。

 

六月六日 天氣 晴 寒暖 暖 受信 百枝 太田和彦

哲学は飽く迄理性によるものである。理性のメスによつて總べてを解

決せずんば止まざらんとするものである。宗教は理性以上のものである。哲学は

普遍妥当性をもつてゐなければならない。個人の生んだ哲学でも其人にだけ通

ずるものであつてはならない。必ず普遍妥当性を持たねばならない。理性

的なる以上さうでなくてはならない。宗教は之に反して、理性以上のものであるから、

理性で他人に示す事は出來ない。従つて、主観的のものである。ドグマである。信

仰をえた人に取つては神程たしかな事はあるまい。しかし、信仰のない人に取つては

神とは無である。理性的の事でないから、指し示す事は出來ない。

哲学の態度は冷靜である。冷やかに他人に訴へる態度である。然し、宗教

は行である。哲学は他人が認めなければ認めなくても良いとして冷靜にかまへる。

然し宗教はさうでない。行であるから、他人をも同化させんとせねばやまない。信者

に取つては信仰程たしかな事はない。何はおいても信仰はたしかである。だから、祝福な

る信仰を己れ一人で所有するに滿足せず、他人にも強ひずにはおられない。幸福

を分ちたいからである。然も宗教は主観的のものである。宗教は争闘の起る理由である。

 

六月七日 天氣 曇小雨 寒暖 暖

午前四時、腹痛の為に目覚める。腹が下つてよく

なる。

須藤さんの論理、概念論に四時間かかる。

 

六月八日 天氣 曇 寒暖 暖

午後、今井と上野で明治大で名作展覧会を見る。

晩、十一時迄今井がゐて、皆で話す。

 

六月九日 天氣 晴 寒暖 暖

唯心論と唯物論とは二つの対立する議論である。唯心論に

よるとするだうしても説明し切れないものがある。又、唯物論にしても

だうしても説明し切れないものがある。一つの立場に立つとする

とだうしても、うまくいかない所がある。然らば、二元論によるかと

云ふに、總べてを一元に歸せずんば止まざる人間の根本的要求を

如何にせん。此処に吾人は追*谷る。以上はヴィンデルバント氏の指摘

した所である。(哲学概論)然らばこの解決は如何。余は今迄何とも解決

しえなかつたが、岩本氏の哲学概論によつて一應は解決しえられた。

氏により、敷衍すれば次の様になる。実在が先か、意識が先か。此は

科学が実在の先なる事を証した。しかし、吾々は実在が先だとして安んじ

てゐられるか。居られない。即科学的に立つてゐる事で滿足出來ないとした

ら、げに哲学は總べてを心を以つて説明せんとするもので

あると云へる。即、哲学は唯心論的傾向に初り、唯心論に終るとはよく云ふた

ものである。其が哲学の運命である。此によつて、以上の矛盾は一応は

心の滿足に迄解決が出來る。

 

六月十日 天氣 快晴 寒暖 暑 受信 和郎

和郎が直江津迄修学旅行に行つて、髙田から葉書をよこす。

岩波へ思想の合本を頼みに持つて行く。次の四冊。一弐平均零二位四捨五入

第一巻   一号―六号     原價計  四・三〇  頁 一二三六 二・九

第八巻   四二号―四七号    〃   四・〇〇  〃  九七〇 二・四

第九巻   四八号―五三号    〃   四・七〇  〃 一一三六 二・四

第十一巻  六〇号―六五号    〃   四・〇〇  〃 九四〇二・四頁

以下追加

第二巻

第三巻

第四巻

第五巻

第六巻

第七巻

第十巻   五四号―三九号                一〇〇四

第十二巻  六六号―七一号        四・二〇    一〇三〇 二・五

 

六月十一日 天氣 曇 寒暖 暑

午後十合晉次氏の処へ遊びに行く。澁谷で下りて散々

さがして漸うたどりついたら、天現寺のすぐ側であつた。

 

六月十二日 天氣 曇 寒暖 暖 受信 百枝

朝九段下なる大橋図書館に行く。午後四時頃迄か

つて、矢島の岩本さんの哲学のノートを塙のノートと

くらべて讀む。西洋史の方へは手が廻らなかつた。岩本さん

の哲学はたしかに相当のものである。直観力の偉大さがある。

やはり東洋の哲学である事を思はせる。

 

六月十三日 天氣 晴 寒暖 暖

藝術ハ現実ニ非ズ。彫刻ニハ台ヲ要シ、絵畫ニハ枠ヲ要ス。非現実

ナル所ニ藝術ハ生命ヲ有ス。藝術ガ現実ニ墮スルトキ、其ハ藝術ノ墮

落ナリ。之ニ反シ、哲学ハ現実ナリ。哲学ヲ生活スルガ即哲学ナルナリ。

 

六月十四日 天氣 晴 寒暖 暖

放課後、第一学期辯論大会。三時から十時過ぎ

迄かかる。ずつときいてゐる。流石一髙だけあつて、えらい奴

がゐる。三・四人えらいのがあつた。

 

六月十五日 天氣 晴 寒暖 暖

昨日は八十五度迄上り、変態的の暑さ。

 

六月十六日 天氣 曇小雨 寒暖 暖

放課後岩波へ行く。明道館の漱石全集第二巻に落丁

のあるのを持つて行つたのだ。

 

六月十七日 天氣 曇後晴 寒暖 冷 受信 丸善株式会社

近來少し神軽衰弱である。然し、昨年の様な事はない。抑々

神軽衰弱とは何ぞや、其の境は甚だ明瞭を欠く。余のなぞは

神軽過敏に屬するだらう。

試験が近づく。少しはやつてあるが立ち後れの觀がある。

今日は冷しかつた。

各方面からたよりの絶える事永い。

 

六月十八日 天氣 曇 寒暖 冷

岩本さんを五〇頁迄位見る。

明道館は落付きがなくて困る。尚やかましい。その

音の起源は第一江知勝。第二電車。第三前の舎宅。

ウント.ゾー、フォルト。何とかせねばならん。

 

六月十九日 天氣 曇後晴 寒暖 暖

午前中岩本さんを勉強する。

晝食後報知講堂の日独文化協会の第一回公開講

演会を聞きに行く。会長後藤新平子の開会の辞に始

る。次が桑木巌翼氏の「独逸の思想界の現状」。次が坂口

昂氏の「世界の文化発展に対する独逸囗民の貢献」。之は良

かつた。次が、独逸大使ゾルフ氏の「大乘佛教の使命」と云ふ

独語の演説。殆分らない。其は水戸髙校の何とか云ふ独逸

人が通訳する。以上、後藤氏の挨拶で終る。

 

六月二十日 天氣 快晴 寒暖 暖 発信 姉 妹

姉の文検の結果如何は気使つてゐたが、通知が上諏訪

から來ないので駄目かと思つてゐたが、今日官報を見

たら十日ののにのつてゐたので、通つた事が分つた。本

試験は御得意の方だから大丈夫だらう。

太田和彦氏明道館へ來る。久し振りであるので、

皆で出る。皆で七名、太田氏と余との外、河角氏、山岡氏、

小口氏、佐藤氏、寺嶋氏。初め上野へ行く、そこで寺

島氏だけぬける。次に、ずっと銀座へ行く。二三箇所

ですみ、(キリン、バツカス)一時頃明道館へかへり、ストーム

に廻り皆少しして廻る。以上。

 

六月二十一日 天氣 快晴 寒暖 暑

太田氏昨夜とまる。夕方に*(?)なる兄さんの処へか

へる。

 

六月二十二日 天氣 曇後晴 寒暖 暖

昨日校長の社会科学に関する訓示があり、且つ二年文甲

の二人が除名されたとの事。その二人は「実際的行動に遷(?)る

べし」との宣傳ビラを教室でまいたのださうである。

岩本さんの本一通りよみ終へる。

欄外注記 1927.6.22

 

六月二十三日 天氣 快晴 寒暖 暑 受信 姉

暑いには暑いには一時よりは冷しい。

近來キャツチ、ボールを屡々やる。かたよつた運動

ではあらうが、具合は良い様である。

 

六月二十四日 天氣 曇後雨 寒暖 暖 受信 父

試験ノ日割発表。二十九日今学キ授業終。三十日休。

一、二、四、六、七日試験。

 

六月二十五日 天氣 雨後曇 寒暖 暖

 

六月二十六日 天氣 小雨 寒暖 暖 発信 父

好惡ト云フ事ハ全然主觀的デアル。従ツテ、自分ハ此ガ好ダ、嫌

ダト云ツタラ、決シテ他人ガ之ヲ訂正スル事ハ出來ナイ。主觀的ノモノデ

アツテ、客觀的規範ヲ立テル事ハ出來ナイカラデアル。自分ノ好惡ハ

決シテ他人ガ之ニ干スル事ハ出來ナイト同時ニ決シテ、之ヲ他人

ニ強フル事ハ出來ナイ。自己一個ノ問題デアルカラデアル。

勿論好惡ト云フ事モ各人別々デハナイ。寧ロ似テヰル事ノ方

ガ多イ、然シ似テヰルカラト云ツテ他人ニ強フル事、即

普遍妥当性ハ持ツテヰナイ。経験的普遍デアツテ、先天

的普遍デハナイカラデアル。

 

六月二十七日 天氣 曇小雨 寒暖 暖 受信 甲子社書房

 

六月二十八日 天氣 曇 寒暖 暖 受信 岩波書店

試験の時間割が発表サレタ。

2      國

12

-    倫     文 兵

11

-  論   独(菅) 英(二大)

10

-    ― ―   ― ―

-  漢 史   独(ペツ) 独(岩元) 法

1 2 4 5 6 7

岩波書店カラ、コノ間頼ンダ漱石全集第二巻落丁訂正ガ出來タ

ト通知ガ來タ。

須藤氏ノ論理、判断ヲ終ヘル。判断論ニ四時間カカル。

囗文学史ハ試験ハ宿題ニシタ。今日題ヲ出ス。來ル。文検ノ本試験ノ方ヲ受ケル

為。宿所、髙木守三郎方。

漱石全集第二巻岩波ヘ取リニ行ク。

 

六月三十日 天氣 半晴 寒暖 暑 発信 醇郎