○四月一日(月)  曇後晴 暖

午前、醇郎の戸籍謄本等を理学部事務室へ出す。

高等学校の発表があちこち出る。

「思想」復活。喜ばしい事だ。四月号に良い論文が多くある。

今井にくらべたら矢島や太田はにぶい。太田は京都へ行って馬鹿になりはしないか。

自分で独立に自分の問題を展開させて行け!

近頃は気持がいら立ってゐる。

Y・J・F・K

気持が決定したら、動いて行く。今は未だ考へる事がうんと残ってゐる。当分、がっちり勉強したい。

 

○四月二日(火)  雨 冷

夕飯後、母と小野さんの所へ行く。

姉が又風を引く。

人をつかまへて理屈を言ひたい欲望。しゃべらないと気が鬱する。羊老人や醇郎はさう云ふ事はないと見える。

母もかまはれる。僕に。理屈を以て。

 

○四月三日(水)  曇 寒

午前、母と買物に行く。下の通りへ。

午後、母をつれて傳通院の遠藤箪笥店へ行ってとみのさんにやる鏡台を買ふ。

姉の風、よくない。困りものだ。母が在京の日延をする事にした。

宗敎に対する考が、きまってきたやうに思ふ。

諏訪中学の高校入学の成績は惡い。今迄で十人切り。そろそろ一高が出る。

 

○四月四日(木)  晴 暖

醇郎、今井、五味(二枚)から來信。

醇郎、今井、杉本、五味、矢島へ發信。

「思想」再刊號が出る。主な論文をよむ。中々面白い。

母とは考へ方が決定的に違ふ。当り前だが。随分いぢめた。可愛そうにもなる。又、杉本へ行っておやぢにつっかかる。

思索はマルクスを中心にうづまく。

 

○四月五日(金)  晴 暖

姉の風、今日が峠。夜にはよくなる。母も風気。

休なのでDENKENに專ら。本をよまぬとDENKENもやはり腐る。先日來、覺書をかいてゐる。

人の気持は決定的に現在的だ。創造的進化とも言へる。氣持・感情の役割も大きいものだ。人を本当に動かすのは之だ。認識だけでは動かぬ。認識の上に立脚する感情が人を実践に迄動かす。感情の存在其物が流動的だ。現在の感情のみが現実の感情だ。努力によって感情を固定させる事は出来ない。しかし統一的方面もある。成人に対する惡感情の如き、如何にぬけ難きことか、

 

○四月六日(土)  晴 暖

エンゲルス著堺利彦譯「社會主義の發展」をよむ。

夕飯後、母と共に伊藤長七氏訪問。

「覺書」は七枚目に入った。考をかいて了ふとすーっとした。と共に何だか馬鹿らしいやうな気もする。それでこれで一段落とする。これから又本をよむ。

三木哲学批判の課題。

 

○四月七日(日)  雨後晴 冷

朝、醇郎が來る。

山口壯一君が輝いた顔をして來る。

一高発表。文科甲類、三井爲友、上條重直 文科乙類小口平七、理科甲類波多野浩、以上四名。五味は再び駄目。

夜、母と市川源三氏宅へ行く。姉の用で。姉の爲には皆がどの位迷厄(ママ)してゐるか分らぬ。それに一向に惡いと思ふやうな気色もない。がうまんで弱ったものだ。

 

○四月八日(月)  曇 寒

今井登志喜先生の返事が来る。父、三井、今井へ端書を出す。

醇郎の友達小菅(すげ)君が来る。

午後、母と矢島の家へ行く。矢島のおっかさん、羊老、文子の自在宅。音次さんは九州旅行。

今後、東京の家をどうしようかと云ふ事について先日來相談してゐる。僕は女中なんか頼まない方へ賛成。こんな事に頭を使ふのはいやな事だ。近頃わづらはしい事に頭を使ふので気持がわるくてかなはん。

時々、五味の事を思ひ出してくらくなる。今更どうともならぬ。

幻影、面影。

 

○四月九日(火)  曇 暖

午前、「覺書」の續きをかく。これで本当に一段落。かいて了ふとつまらなく見えるものだ。午まで午ね。

今井、岩波書店から端書が來る。明日の夜行でかへるについては端書を出す、次の如し。和郞、今井、山田、矢島、新村、長坂。

午後、井上益之進君を訪問。

夜、下田弘君を訪問。下田はフィロゾーフたりえず。語学的の男。

 

○四月十日(水)  晴後雨 暖

午前、用事で一高・大学へ行く。

林益一、仝まつ子、淸水昌子、仝房子等來る。

午後桑木教授を訪問する。

五味重郎から明朝飯田町駅へ著くと云ふ電報が来る。こっちから上諏訪へ行くと云ふ電報を打つ。

午後十一時半、飯田町駅発。

中山先生から手紙が來る。

新村から端書が來る。司法省は大体確定したさうだ。まづよかった。

 

○四月十一日(木)  半晴 冷

午前七時、飯田町駅に五味重郎を迎へる。

午前、五味と一中へ行く。五味が補習科の願書を出す。久し振りで重松鷹泰君に逢ふ。

午後、女子大学へ百枝の教科書を買ひに行く。淸水昌子に逢ひ、國專三年の人に頼んで本をもって來て貰ふ。歸りに矢島の所へよってかへる。

松本へかへるのをよす。

書くと言ふ事は樂しい事だ。

久し振りで女子大学へ行ってみたが、あの学校は気持がいい。

 

○四月十二日(金)  曇後晴 暖

午前、母と外出。大学へ行く。物療の守口さんに逢ふ。今日來て呉れると。それから上野へ廻って花をみる。雨にふられる。三好野のあはもちをかって一時かへる。

中山先生、矢島へ手紙をかく。

夜、守口さんが來る。姉、珍しく呼吸器はすんでゐる。少しの熱は咽だろうと。

 

○四月十三日(土)  快晴 暖

久し振りの穏かな暖い日。

朝、本鄕へ姉の薬をとりに行く。歸りに芝善で「哲学研究」の古をかふ。古雜誌はこの位で一段落としよう。

午前、母と姉と三人で植物園へ行く。非常によし。

午後、五味重が來る。新村が来る。

母と太田みつ氏訪問。二時間近くゐる。

姉、今日は非常によし。最高七度。

連日、案内や使。

幻。我に超克せらるべきある気持あり。

 

○四月十四日(日)  曇後晴 暖

午前、母を市川校長の所へつれて行く。往復歩く。

巡査が戸籍調べに来る。

午後一時半爲友と一高前で落ち合ふ筈であったが遂にきたらず。文学部、時間割發表。

矢島羊吉、文子二人連れで遊びに來る。羊吉、醇郎と三人で植物園に遊ぶ。

今日の來客六名。今迄の最高。大久保しづ、木原茂子、岡田、杉山。

 

○四月十五日(月)  晴 暖

午前、上を下へ、下を上への引越し。一人で姉の本と僕の本とを下げ、そして上げる。

午後、一高前で爲友と落ち合ふ。寮へ行って皆の場所を占領しておく。爲友とうちへ來る。三時半迄はなす。爲友かへる。それから片付け、整理、掃除。部屋割は、二回六畳、姉と妹。四畳、醇郎。下、僕一人。

夜神田へ行く。コーエン、三木淸「社会科学の豫備槪念」、文房堂のノートをかふ。三木さんの本には良い序文がついてゐる。これからの氏の仕事に非常なる期待をもつ。

疲れる。

 

○四月十六日(火)  晴 暖

午前、学校へ行く。文学部新入生の入学式。山口に逢ふ。

午後、矢島が来る。

四時から母をつれて千駄ヶ谷の浅見氏と靑山の杉山氏とを訪問。共に不在。母をつれ歩くは之を以て終りとする。相当こりた。

小野さんが來る。

觀念形態論の問題。

家の雜事で頭が八方にちる。

 

○四月十七日(水)  晴 暖

授業開始の日。桑木さん、十九世紀獨逸哲学、授業があった。

五味重、延元、今井、山田等が次ぎ次ぎに來る。五味は一中補習科へ入れた。

成績通知表を受けとる。敎育史と社会学が未終了。敎育史は当り前だが、社会学はけしからぬ。ブルジョア社会学批判をかいたからだらう。

久し振りで独語の本を勉強する。コーエン。

時間割大体決定。

昨日風呂で冷えたら、風っぽい。

 

○四月十八日(木)  曇後雨 冷

吉田熊次の敎育史をきく。実にばかげている。

コーエン研究会に初めて出てみる。

新村に今日の感想をかいてやる。

觀念型態論

―新カント派哲学への瞥(べっ)見―

と云ふやうな題で百枚位の論文はかける。もう少し洋書をよめば。

 

○四月十九日(金)  曇 寒

数学の週講会の講義、今日はじまる。三角の講義が二回。

今迄の勉強の缼陷が明になって來た。つまり自律的勉強の外に他律的勉強も必要であると云ふ事。一口で云へば、独語の本を読む事。これからこの方面をも開拓する。考に変化はおこりはしないだらうが。

下にねて、早くおこされるので睡眠不足がかさなり、疲れる。

新な方面の勉強にも恐れずに勇敢に頑張ろう。

河上肇宮川實共譯 マルクス經済學批判序説をよむ。

夜行で母かへる。

 

○四月二十日(土)  雨 冷

出先生の哲学史。今日だけきく。今年もききたいやうな気もするが、朝だから止す事にする。出先生が好きになる。

桑木さんのカント演習、出てみる。あんなわづらはしいやり方のには出ぬ。

出さんの演習、アリストテレス。面白さう。がんばる事。

山田はどうも小さい。小林に劣る。

放課後、矢島を訪ふ。雨を犯してかへる。

 

○四月二十一日(日)  晴 風、冷

三木淸著「社會科學の豫備槪念」をよむ。「科学批判の課題」の如き、しばらくぶりでよんでみて、更に身にしみる。

矢島の家はホームとしてすきだ。得に秀れたものもゐないが。

 

○四月二十二日(月)  晴後曇 冷

木村教授休講。それで長屋喜一へ出る。

近頃妙に寒い。

三木淸著「社會科學の豫備槪念」讀了。

自分の勉強に一回轉の必要を感ずる。今迄のやうな行き方には重大な缼陷がある。少しゆっくり腰をおしつけて勉強する。二歩進む爲に一歩退く。新な方面に向ふ。

少し咽を害ふ。咳が出る。

 

○四月二十三日(火)  晴 暖

風の爲、気持が惡い。咽を害してゐる。

出先生の中世哲学、伊藤先生の近世哲学史に出てノートを取る。

午後、小澤泰一君と矢島を訪問する。

夜、寒気(さむけ)がしきりにする。早くねる。やがて熱が出たらしい。

 

○四月二十四日(水)  晴 暖

風が本物になった。一日中熱がある。七度六七分。気持がわるい。

 

○四月二十五日(木)  晴 暖

朝、四時、目がさめる。あつい。発汗。三八度。気持がわるい。九時にはずっとさがって七度近くになる。一日中七度位がつづき。夜には七度以下になる。治り方は早かったが、近頃では珍しくひどかった。せきが後(ママ)る。

自分の行くべき道を感ずる。一人で行くより外仕方がない。似てゐるやうで随分ちがふ。小澤、矢島、山田等も僕の道からははずれてゐる。自分で自分の問題を展開させて行くのだ。窮しつ、そして通じつ。

 

○四月二十六日(金)  晴 暖

体溫大いに低い。咳が尚残る。へばってゐる。ねむい。植物園へ行って、一人超然と歩く。晝寢をする。鼻がつまる。大ぶ力がついた。

しばらく出ないので、だれかの所へ遊びに行きたくなる。今日はまあ我慢をしておく。

旦那様になってゐるとしゃば気が出て困る。

勉強したい気がする。

ローザをよむ。

明日から華々しく活躍する。勉強をもりもりする。

我が勉強は「論文」からその脚下へ下らねばならぬ事を感ずる。そうでなくては大きいものは出來ぬ。

 

○四月二十七日(土)  晴 暖

午前、アリストテレス予習。

午後、久し振りで登校。出さんの演習。ゆっくりゆっくり。今井が來てゐる。色々話す。夕食後矢島も來る。

 

○四月二十八日(日)  晴 暖

午、山田坂仁が來る。彼未だし。

午後長坂の所へ行く。暗い気持で歩く。長坂を引っぱり出し、戸山ヶ原迄歩く、途中羊老をも連れ出す。春は戸山ヶ原もいい。一周する。歸途羊老の所へ一寸立ち寄ってお茶をのむ。長坂と話しながら彼の巢迄來る。分れてかへる。長坂はけだし僕と最調子が合ふ。へばる。

名だたる今井ゆうなるものに初見参する。

今の世ほど苦しい時があらうか。

 

○四月二十九日(月)  晴後曇 冷

一日中靜かにしてゐたので元気が出て來た。休息になった。入浴して風の残滓をとったつもり。

O・K・S・E。

河西先生に久しぶりで手紙をかく。

今日は昨日より気持がおちつく。

本年度の來信数を調べてみた。友達だけ。手許にあるのだけ。主なの。一、五味重郎二七通、二、太田和彦九通、三、今井博人七通、四、新村義広、三井爲友各五通、五、井上益之進、矢島羊吉各四通。

小野勇さんが來る。五味重が來る。

ローザをよむ。近頃は一向勉強しない。が、考へる所は多い。本当に考へてゐる時には返って本をよむ気はしないものだ。

 

○四月三十日(火)  半晴 暖

風の後、どうもせいせいしない。咳も出ないが気持がわるい。

中世哲学、近世哲学史、面白く感じつつノートを取った。

夜、新旧学友会委員懇談会。晩餐会。

姉、又少し具合がわるい。どうも困ったものだ。弱い爲にどの位皆が迷惑するか分らぬ。

近頃、ドメスティックの事で頭を使ふ事が多い。勉強のみに專一になりえない。いやな気持だ。

実際問題、実行問題に心を用ひたくない。勉強に專一になりたい。それを切にかんじてゐる。

連日暗い気持でゐる。近頃程苦しい事は今迄にない。ただじっと一人で耐えて行かねばならぬ。

これで黑い四月の幕を閉じる。

 

正木附如丘 「漠留比涅」をよむ。この作は云はばからくりから成り立ってゐて、魂がない。作り上げたと云ふ感じが著しくする。独歩を思はせるやうな所がありながら、しかも全く酢の抜けた壽司の如くになって了ってゐるのである。筋を追って讀まされて了ふけれども價値あるものとは思へない。何よりも先づ人生に対する眞験さがない。全篇を通じて作者の人生に対する不眞目さが到る所表れてゐる。(八月四日)

 

◇    私は私の行く道の愈々独自なるを感ずる。家庭においても朋友間においても同行者と次第に手を分った。

◇    デカダン的の所のない人を私はすかない。

◇    家庭内の問題は凡そ難い問題である。しかし人は夫を克服せねばならない。(八月四日)