○五月一日(水) 小雨 暖
矢島老人、小澤仙人とあっちこっちうろつく。
今日は気持がいい(生理的に)。
島村秋人の気持も分るやうな気がする。死を覚悟したら強い。
「國際文化」五月号に「新興科学の旗の下に」の攻撃が出てゐる。それにはやはりそれ相当の理由がある。
哲学の勉強が面白くなってきたから、気持の矛盾に苦む。時に宗敎的の気持にさへなる。
人に云ふ言葉に注意せねばならぬ。誤解され易いから。
一人で苦むより外ない。人に話しても何にもならぬ。
○五月二日(木) 晴 暖
苦しかりし一日。意識はいたづらをする。
「新興科学」を一年分注文したのは失策だったらうか。何でもないとは思ふが。
マルクスを知ってからが故の苦しみ。自然科学でもやってゐたらこんな事はなかったらう。
哲学の立場は許せぬだらうか。ごまかしてゐるのだらうか。
寄留届を出す。
矢島が僕の論文に対し、七頁かいてくれた。
○五月三日(金) 細雨 寒
今日も亦苦し。頭がいたむ。気持の平靜な日の來らん事を望む。
放課後、羊老と丸善へ行く。
やはりどうしても〝哲学〟は認めうる。自然科学の勃興期においても科学万能の思想が永く支配してゐた。
姉が今日の寒さの爲風を引いたらしい。根もあいそもつきはてる。弱いものはいかん。
○五月四日(土) 細雨 寒
哲学を認める立場と云ふ考がしっかりして來た。気持もおちついて來た。哲学学徒としてマルクスから学ぶ。
今日は比較的気持が平靜であった。
雜誌の論文をあちこちよむ。
夜、久し振りの大高会。有賀勝、僕、濱次雄、五味智英、小山貞雄、小平寛司、小椋恒夫、小口平七、三井爲友、上條重直、波多野浩。有賀もいい人間になって來た。知らぬまに僕も年老株になってゐた。
外来的のものに煩はされずに勉強したい。
○五月五日(日) 晴 冷
大波を一つこした。
午前勉強。午後、夜、矢島方。矢島にうんとといたがどうも分らなかった。意識の殻は一通りや二通りで破れるものでない。福山のかまぼこ二切れを貰ってかへる。
奔走した後はルーエがうれしい。
健康の時は奔走したくなる。めざましく勉強したい。
○五月六日(月) 晴 冷
午後、愛知銀行江戸川支店で金を受取る。岩波書店へ廻る。岩波茂雄氏に逢ふ。
アリストテレース輪講、第一回。
疲れた。
フッサールをよむ。こんなべらぼうな哲学はない。何のたしにもならぬ。卒業したら大いに戦ふ。学校にゐる中は不自由だから、隠忍して勉強する。大いに戦ふ爲には大いに準備がゐる。僕は政治行動より理論行動に適する。
○五月七日(火) 雨 冷
八時~三時、授業。
三時~五時、文学部学友会委員会。
六時~十時、哲学科新入生歡迎会。
連日過勞。
学校にゐるとどうも思い切って論戦も出來ない。
ますます三木さんをえらいと思ふ。とても及びもつかないと思ふ。勉強して行くにつれて三木さんのえらさが分る。しかし自分には自分の行くべき道がある筈だ。小さい道であっても。
○五月八日(水) 曇小雨 暖
桑木さんの授業はどうも面白くない。
疲れたので、少しひるねをしたら気持がよくなった。
まだ風気がぬけ切れはしない。
先生だけが仕事ではない。
これからの人間は覚悟してゐねばならぬ。安穏な生活は送れない。
語学的勉強(洋書による夫れ)の点においては昨年一年は全く失敗であった。この点では出発が一年おくれた。これからもりもりとりかへす。
近頃、手紙はかかない。母へ葉書を一枚出した切り。心が内でうづまいてゐるからだ。又來信もない。会の通知の如きものばか來る。
○五月九日(木) 曇 冷
ベーコン的なる仕事が正に我によってなされねばならぬ。それには各時代の哲学を強力的に勉強せねばならない。
孤独を感じる。やはり人は一人だ。自分の培ってゐる問題は人には分らぬ。自分一人で考へ、苦み、惱んで行くより以外ない。だが、しかし、かたる事は人の根源的なる欲望である。
○五月十日(金) 曇小雨 冷
数学は会費が高いのでよそうかと思ふ。ギリシャ語は分らなくなって來た。馬鹿らしくてやる気がせぬのだ。
「パスカルに於ける人間の研究」讀了。二回目、久し振りでよんだのだが非常に面白かった。
夜、長坂の所へ行く。五味と三人で話す。留守に三井と小口が來たと。
勉強に革命を要する。前非を悔いて今更めて出発する。一年間この事に気がつかなかった。之は自分の小主観にたてこもってゐたからだ。小主観をすてて、大客観へ。この機運は近日学校の―哲学科―友達と交る事にあって醸成された。勉強する事。
○五月十一日(土) 曇小雨 冷
コーエンを第一頁より讀み出す。勉強に革命を起さねばならぬとて。
デ・アニマ演習。よく調べて行くと、面白く授業がうけられる。出調な人が多くて、圧迫される気持。
久し振りでゆっくり家にゐる。どうもつかれてゐる。明日一日休息しよう。
哲学科三年二年で会を作るべく下相談する。
○五月十二日(日) 晴 暖
久し振りで良い天気になる。夏めいて來た。夕方など快かった。
休息の一日。植物園へ姉と行く。つつじが咲き始めた。
気持が割合に平靜になって來た。勉強しよう。
片々たるパンフレットをよんでマルクス・ボーイになってゐてはだめだ。先づ古来の哲学を十分に勉強せねばならぬ。その上でのマルクスでなくては強力でない。かくて、当分哲学を一心に勉強する。
○五月十三日(月) 曇 冷
午後三時から植物園で文学部学友会の新入生歓迎会。おでんを食って、正宗をポケットへしのばせて先に失敬する。
何故か今日は疲れてゐる。
スピノザの生活が慕はしい。我が行く道は靜かな哲学の道である。僕は性格的にフィロゾーフ又は学者であるらしい。実践家にはなれない。
○五月十四日(火) 雨後晴 寒
熱っぽい。元気のあふれる健康状態がほしい。午後以來ねてゐたら、気持がよくなった。要するに疲れだらう。
(哲学の)勉強に一段飛躍しえた。哲学を勉強する事によって、かうしてゐる事が、間違ってゐるのではないと知りうる。哲学の勉強も入り込んでみると非常に面白い。昨年一年中入り込めなかった。小主観を云って自分の世界に入り込んでゐたからだ。外から來る要素も大事だ。外來のものを取り入れて消化する事なくば進歩がない。
○五月十五日(水) 曇小雨 暖
今日は少し元気がいい。サントニーネがきいたのででもあらうか。元気が出ると、飛び歩きたくなる。ほらをふきたい気持になる。語る事は人間の本原的の欲望である。
本気で勉強したい。二年弱の学校生活を十分に生かしたい。
三木さんの様な強さがほしい。正義の勇気が。
○五月十六日(木) 雨後曇 暖
フッサールに出席。面白かった。何でも沈潜してやると面白い。午後は失敬して家に歸る。掃除をしたり、茶椀を洗ったりする。今週は休養週間。
矢島さんから紹介して貰った、ニンニク・エキスがつく。のんでみる。ポカポカとあたたかくなる。いいやうだ。
我が要件。「勉強」とそして「勇氣」。
太田からいい葉書が來る。理論が少しよくなったやうだ。
とにかく自分の態度と云ふものがきまってきたやうに思ふ。マルキストの言ふ事をきいてもさう動揺しなくなった。
○五月十七日(金) 晴 暖
「社会学槪論」の時間が変ったので、僕の時間割に一部変更が生じた。
夜、新村が來る。
右の奥歯に鈍痛がある。近日。
AとBと云ふ二つの現象がある。Aを除く事によってBが消失し、Bを除いてもAが消失しなければ、BはAの上に依據するものであって、Aは根本Bは現象である。Aを除く事によってBが消失し、又Bを除く事によってもAが消失すれば、BとAとは相互作用即ち相互依據である。
老人と今井訪問。
身心ともにつかれて來た。何処かでしばらく休養したい。
葉書五枚出す。
○五月十八日(土) 曇 暖
苦しき一夜。夢ばかみる。すいみん四、五時間。興奮して四時頃迄ねむれず。
夜、明道館の送別会。新村、平林兩氏。久し振りで明道館の人達に逢って面白かった。第一相互会館内東洋軒(ケン)。
勉強、勉強。それにしてもこれからのものは苦しいぞ。戦闘的に勉強しよう。法大の方にも進出しよう。
葉書四枚出す。
三木さんが奥さんを貰ったそうだ。
○五月十九日(日) 雨後晴 暖
今井と來る。議論に及ぶ。もう今井と論じてもこっちの気持はぐらつかなくなった。割合に自分の立場がきまってきた。
ニンニクエキスを近日のむ。何だかあまりつかれないやうだ。
○五月二十日(月) 晴 暖
思想上において一つ飛躍をした。軽い気持ではない。今迄の生活は余りに溫室的であった。苦しさを知らなかった。人間の存在と苦とは必然的にむすびついてゐる。溫室的の生活は特別のものだ。
午前、呉講師が休だったので明道館へ行く。北沢、新村等に逢ふ。
午後一時、北原に会ふ。白十字で一時間位話す。それから、長屋の講義に顔を出して、矢島等と会ふ。又白十字で矢島と話す。
夕飯後どうしたわけかばかに気持がわるくなった。はきけがする。が、段々少しづつ静まった。
○五月二十一日(火) 晴 暖
晝食後、池の端で山田と少し話してのみ、明道館へ行く。かすべき本をもって。北澤、新村とたべる。
今日は未だ少し気持がわるい。
昨日の飛躍と思ったのは、幻想なりしか。又大浪が一つやって來た。のりかさ(ママ)ねばならない。
面白い事を考へ出した。二三日雲隠れする事だ。之も、しかし、夜幻想にすぎないだらうか。明日になってみねば分らぬ。
○五月二十二日(水) 晴 暖
午後、家を飛び出す。身心の休養と心機一轉との爲。矢島を訪ふ。泊る。
夜、羊吉氏と散歩に出る。戸山ヶ原を歩く。浮かれ出てゐる人々もある。雲が月をさへぎってゐるのが惜しい。東中野の方へ出て、電車でかへる。
羊吉のおっかさんは、あの位の年の女としては秀れてゐる。音次氏はごたを云ひながらちゃんと心えてゐる。文ちゃんは特にどうと云ふ所もないが、いぢけた所のない人。春ちゃんは無邪気。夏ちゃんは素直な二葉。
○五月二十三日(木) 雨 冷
雨の爲、一日中矢島の家にゐる。キング、少女俱樂部、有島、独歩、チェホフ等をよむ。
頑丈なからだを欲する。いくら奔走しても疲れぬ身体を。
我の行動を生ぜしめるものは認識ではない、気持だ。認識にきそづけられた気持だ。
人の生活を知る事が大切だ。えらい人の生活のそばへ云ってよく観察する事は、実に必要だ。
小説も面白い。折々よむと。
○五月二十四日(金) 晴 暖
午食後矢島の家を出る。河角さんの所へ行く。午後二時半着。不在。六時迄、その辺をぶらつく。武藏野の緑を十分に吸ふ。來ないので山岡の家へ廻る。裏の田んぼを散歩する。小川へ片足をつっこむ。泊る。
不安はある、不安は。しかし、強くなれ、強くなれ。自分の気持ちは自分で克服しろ。自分の問題は自分で苦み考へるより外に仕方がない。
河角さんより山岡の方が融通がきく。
山岡しうちゃんは秀れた女性だ。家中に光と慰とを与へてゐる。人の気持ちを実によく感ずる、しかもさう神経質でもない。
○五月二十五日(土) 晴 暖
朝早く、山岡の家で目覚む。田舎なので壮快。朝食後河角さんの所へ行く。ゐる。散歩したり、ポツリポツリと議論したりする。河角さんの考も分って面白かった。午後二時半辞す。
しばらくぶりで家へかへる。
夜、大高会。十三名出席。余り具体的の事はきまらなかった。來土又開く事になった。校長に対し、戦端は開かれた。
今度の遊行で色々の事を学びえた。
○五月二十六日(日) 晴 暖
夜、新村とシネマ・パレスへシネマをみに行く。「復活」と「アンクル・トム」。「トム」は二回目。
早くも「思想」六月号出る。「續哲学叢書」の予告が出てゐる。「哲学叢書」以來十年の推移がある。阿部・安倍一派は第二線へ退いた。三木の「史的観念論の諸問題」の広告が出てゐる。
不安はあるが、それでも気持は大分おちついてゐる。しかし、思想の方は大分混沌(トン)としてゐる。「哲学」の勉強を近頃やり出したので、その方にも棄てがたい眞理がある事が分って來て、云はば思想に中心がなくなって來た。しかし、惡い傾向だとは思ってゐない。
○五月二十七日(月) 晴 暖
出先生の御子さんがなくなられたさうだ。
井上君河上君日高君と哲学科クラス会について相談する。六月九日のピクニックの後にする事にする。
“Logos”が始めて來た。
父から手紙が來る。
留守に小椋が来る。醇郎と話をして去ったと。
小説がよみたくなった。「復活」でもゆっくりよむ時間がほしい。
目まぐるしい迄の気持の変轉。暗い気持、朗かな気持。近頃は槪して暗い気持が續いてゐる。時あってか軽快な気持が、雲間をもれる太陽の如く、表れてくる。暗い気持が支配的であるには、その下にその根據がある。
○五月二十八日(火) 曇小雨 冷
昨夜おそく新村が来る。任地、東京ださうだ。泊る。
夜、山上御殿の醫学部俱進會に出てみる。三木さんの「自然の辨証法」と云ふ講演があった。面白かった。色々幼稚な質問が出た。自然科学者の考へ方も分った。三木さんはしたしめる人だ。
三木の理論を取り入れるには、一応三木のよんだ位の本は大体よんだ上でなくてはだめだ。本当ではない。根を忘れて木だけとるものだ。三木の理論の地盤からして取り入れなくては結局根のないものになる。かくして、僕は哲学を勉強しようと思ふのだ。
○五月二十九日(水) 晴 暖
我等が輝ける理論家三木淸。
葉書を六枚出す。
夜、百枝の用で木原しげ子さんの所へ行く。かへりに神樂坂を歩く。牛込の濠の水にうつる火の色も夏らしくなって來た。
強くなれ、強くなれ。強くならなくちゃだめだ。人を頼みにしてゐても結局だめだ。自分でも考へ、自分で苦めばいいのだ。
○五月三十日(木) 晴 暖
今日はへばってゐる事おびただしい。どうしたと云ふのだ。からだもだが、決定的の原因は精神的だらう。まあ、夏休みまでがんばらう。家へ來たみなと話したり、五味重郎と無邪気な話をしたら、気持が晴れ、気分もよくなった。苦しい時に人と話をするのはいい。相手の如何は決定的に重要だが。
太田から葉書が來る。返事を出す。彼も苦んでゐる。
留守に新村(昨夜とまった)がかへって了った。同じく留守に宮坂準(近所に下宿した)と五味重郎(夜又來た)とが來たさうだ。
アダソン、ニンニクエキス、セメシエンをのむ。
三木の「史的観念論の諸問題」が出る。彼は今轉機にさいしてゐるとみえる。
チェホフの「三人姉妹」をよむ。
○五月三十一日(金) 晴 暖
今日は気分がいい。
聴講科目届を出す。今日が〆切。
新村の都合で今日矢島の所へ行くのを中止。
今学期は苦の連續だった。
僕の如きものはだめだと云ふ気がしきりにする。今迄空しき自惚をもってゐたものだ。何をやっても僕にはろくな事は出來ない。
ただ、勉強してゐる事にどれだけ意義があるのだらうか。
朝、顔を洗ふとき、水が顔にふれるのが気持がわるい。のぼせてゐるのだ。
意識に苦しめられる。気持をつぶせ。認識へ!理論へ!
チェホフの「かもめ」をよむ。
佐野文夫譯ローザルクセンブルグ經濟學入門讀了。
マルクス主義を、我々哲學者は何等抽象的にとらへるべきでなく、正にそのアントロポロギーより把握すべきである。二三の理論の斷片を云々するは、我々にさしたるものをもたらさないであらう。マルクス主義をその体系において、而してその基礎経験において考えるべきである。
マルクス主義のアントロポロギーが唯一のアントロポロギーであるのではない。フィロゾーフにはさまざまのアントロポロギーが課題として與えられている。我々の仕事は各のアントロポロギーの、特にはマルクス主義のアントロポロギーの歴史的社會的の意義役割を解明することである。―八・二五―
各のイデオロギーはそのアントロポロギーを持っている。而してそれ等は何れも在るべくして在り、亡ぶべくして亡びたのである。何れも虚妄であったのではなく、各その役割を果した。これらのイデオロギーの歴史的社会的必然性を統一的に説明するのがマルクス主義である。マルクス主義もそのアントロポロギーの上に立ってゐるのではあるけれども、自ら一つの優位をもっていると云ひうる。(八・二六)