○二月一日(日) 曇後雨 寒
朝、明道館に行く。近くの広瀬写眞館で卒業記念写眞。歸って明道館でコンパ、午食後一高の記念祭に行く。例年に変りはない。しかし、母校はいいものである。知る人少く淋しい、五味智英君に久し振りで會ふ。小口平七、三井爲友の事を聞く。
依田新氏の事を聞く。
今日の如く矛盾せる社會に住むものは、如何にしても苦しまねばならない。
○二月二日(月) 晴後曇 暖
十二時近く起床。疲れの爲。
二週間抜いて、松本さんに「論理」を敎へる。
風気。昨日寒かった爲である。熱、七度位。守口さんの來診のついでにみて貰ふ。
夜、母や姉と永い間、おしゃべりをする。物言へば唇寒し秋の風。
羊吉氏の漠然性。
思想の合はぬものと一緒に住むは苦し。
○二月三日(火) 曇 暖
風邪の續き。熱はないが、だるい。ねむる事多し。疲勞である。
夜、笹岡一氏來泊。
百枝には「考へる」と云ふ事がない。
○二月四日(水) 曇後雨 冷
午後登校、長屋さんの授業に出る。放課後、長屋さんに聞いて、リポートを出さないでもいい事になる。今泉君と白十字で話す。三省堂に行き、北澤君に會ふ。小澤泉氏の事を聞く。
夜、シリング。はかどらず。
風気のため、それでも久し振りでゆっくりした時間を過した。
出先生宅のヘーゲル會、缼席。
○二月五日(木) 雨 冷
春立つ日。
午後、金子まさえ氏來訪。秋子さんの件。
ヘーゲル研究會。僕、若山君、栃原君。結局この三人になった。
久し振りで入浴。
○二月六日(金) 雪後曇 寒
伊藤さんの演習と講義。ビッフェで金子克郎氏に逢ふ。
放課後、白十字で伊藤謹一郎氏、桐谷信太郎とディアレクティクを論ずる。意気隆し。
咳が出る。
○二月七日(土) 晴 寒
桑木敎綬、演習。僕の番。咳が出る。
出先生、演習。その後、植物園の豫餞會に行く。哲学科からの出席者多し。山上御殿に歸り、七時から哲学科豫餞會。その後、日高、川上、下田の徒とグリル・タムラで駄辯る。余も近頃では余程理論が強くなった。
昨夜、寒気(サムケ)甚し。今日も咳が出て、気持悪し。又この日疲勞も多し。
○二月八日(日) 晴 冷
昨日ですっかり風を悪くして了ふ。熱も八度を越す。当分休養せねばならぬであらう。
橋本勝三君來訪。永らくはなす。
○二月九日(月) 晴 寒
風悪し。守口さんに見て貰ふ。三十九度迄上る。
○二月十日(火) 雪 寒
昨日よりよし。七度二分迄下る。
○二月十一日(水) 晴 寒
良し。平熱に近し。
○二月十二日(木) 晴 寒
七度とそれ以下。悪くはない、しかし淸々しない。
太田和彦君來訪。
○二月十三日(金) 雪 寒
六時七~九分位。午後になると熱感が生ずる。
○二月十四日(土) 曇 寒
朝、熱が低いのでおきてゐる。午頃から寒気がし出す。その中にたえられない程になる。計ってみたら九度二分。今度は熱くなる。そして汗ばみ、熱も下り気味になる。夕食後盛に発汗、頭痛。しかしこの爲に夜の十二時には七度五分迄下る。甚だ淸々した気持になる。しかし妙な日であった。
誕生日。
○二月十五日(日) 晴後曇 暖
全快に近し。六度三~五分。夜漸く六分。
病中、雜誌や新聞をよむ事多し。世間は広くなったが、学問的精神が衰へる。
○二月十六日(月) 曇後雨 寒
松本さんを待ったが、手違ひの爲か來らず。矢島さんを久し振りで訪ふ。一寸した事でも疲れる。
この日記を見たらしいものがある。人の手紙や日記をみないのも重要な道徳である。
姉の事、和郞の事、憂鬱多し。
○二月十七日(火) 曇 寒
午後、矢島さんへ行く、昨日よりは疲れぬ。お文さんはえらい所がある。
「追悼録」原稿の返事のたまってゐたのを書く、断然仕事始め、活働(ママ)開始。
人世にはいやな事がある。
不眠症の経験のないものは同情が出來なくてだめ也。好んで夜ねむらないものもない。
○二月十八日(水) 雪後曇 寒
久し振りで登校。長屋さんの講義。歸宅、直ちに松本さんに「論理」を敎へる。
夜、矢島羊吉君來訪。彼亦愛す可し。――少し気持が悪いと思って熱を計ったら七度一分あった。よって明朝の紀平に出ようと思ってゐたが休むことにする。
○二月十九日(木) 曇 寒
午後、学校へ行く。事務室で「受験科目届」を受取る。下田君に逢ふ。池の端の写眞屋で学友会の写眞を受取る。研究室へ行く。哲学科予餞会の写眞を受取る。研究室にしばらく滞在。明道館へ行く。佐藤さんの所から写眞を持って行く。神田へ行く。丸善で「現実へ」の稿料で、ハルトマンの本を買ふ。三省堂で北沢君に會する。歸宅。風気で気持は悪かったが、諸用を果した。
都合の悪い世の中に生れたものである。
○二月二十日(金) 晴 暖
午後登校。伊藤さんの特殊講義、今日で終り。放課後桐谷氏石澤氏と白十字に行く。太田和彦君町澤氏が來合せる。太田君と神田へ行く。三省堂にキタス氏を訪ふ。水道橋で太田氏に別れる。昭和第一商業の事、麹町高女の事を太田氏から聞く。
松本さんの卒業論文、審査。
○二月二十一日(土) 曇 寒
正午、白十字で桐谷氏に會ひ、古在氏への紹介狀を貰ふ。出氏の演習。もう一回。春陽堂の飜譯の事を日高君に頼む。それから坂田芳衞氏を其の下宿に訪ふ。
夜、久し振りで入浴。快し。
○二月二十二日(日) 雪 寒
午前、恩田夏野氏來訪。
夕方、母と内堀維文氏を訪ふ。旅行中、不在。北澤種一氏へ廻る。御見舞。
○二月二十三日(月) 晴 暖
午後、日高一二三君來訪。飜譯の件。其他種々の話をする。何処も不景気也。
その後で松本さん、論理。論文が片付いて一寸一段落也。
○二月二十四日(火) 晴 風、寒
七時起床、久し振りの早起、天気よく快し。出さんの中世哲学、伊藤さんの槪論。何れも今日で終り。「聴講證明」を三つかせぐ。
午、図書館ビヒッフェで橋本君、篠原君と話す。法科も不景気也。研究室を訪ふ。
西片町に太田を訪ふ。え差町へうつったとの事。え差町に不在。太田にはおかしい所がある。
伊藤要子氏來訪。
夜、しばらく振りで矢島氏を訪ふ。
○二月二十五日(水) 晴 暖
七時起床。早起して行ったら、大島さん、休み。図書館でヘーゲルの「現象論」をよむ。
長屋さんの講義。少しねむる。今日で終り。後で今泉君と話す。
夕食後、藤森良藏氏を訪ふ、不在。古在由重氏を訪ふ。不在。金子直一氏を訪ふ。ゐる事三、四十分。それから出さんのヘーゲル研究会、しばらく振りで出席。面白し。
○二月二十六日(木) 晴 暖
紀平講師、ヘーゲル。今日で終り。それから岩波茂雄氏を訪ふ。松村昇氏宅の家庭敎師を頼まれる。米井商店に氏に會ふ。午後麹町の宅を訪ふ。引受ける事にする。
博文館日記賞、五等に当る。
とにかく家で一番困り者は澪子氏也。
○二月二十七日(金) 快晴 暖
伊藤敎授、演習。今日で終り。
午後、可成り永く晝寢をする。連日の早起の爲疲れたとみえる。
夕食後、家を出る。紀平さんを訪ふ。不在。古在由重氏を訪ふ。三、四十分話す。藤森良藏氏を訪ふ。不在。奥さんに會ふ。
澪子氏一人のため、家に歸ると憂鬱也。
生活におちつきなし。
○二月二十八日(土) 晴 寒
出先生の演習。之で凡そ本年度の授業終り。其の記念と云ふ訳でもないが、日高君今泉と中島で話す。
授業終了で、やはり一寸らっくりしたやうな、感慨もある。愈々これから勉強するぞ。
家の者であっても、人と話せば、必ず不愉快は残る。