○十二月一日(火) 晴 暖
昨夜できものが痛んで二三時間よりねむれず。
午前、傳研に行き守口さんに尿の検査をして貰う。何もなし。糖もなし。
内科は全快なり。後はおできだけ。之が治って始めて本当の全快也。
午後、入浴。しばらく振りにして快し。十二貫五〇〇匁。
夜、坂上氏の女中さんが見舞に來る。
○十二月二日(水) 曇後晴 寒
カントを調べる。カント面白し。広島と京城の図書館へ「追想録」を送る。長屋さんへ残りの飜譯全部を送る。從ってしばらくこの仕事は手がはなれる。
小林から葉書が來る。執行猶豫になったと。
午後、坂上氏。頑固な主張はしなくなって來た。この仕事は大いに自分の勉強になる。坂上氏の歸りに神田へ寄る。
カントよりヘーゲルの方がぴったりする。
○十二月三日(木) 晴 暖
午後、外出。東片町の家をみる。大部分修繕が出來てゐる。本鄕通りの本屋を一通り歩く。郁文堂でフェノメノロギー三版を買う。研究室を訪う。鶴田君に逢う。溫
厚の君子也。 高田平三郎氏を訪う。
彼氏老人也。
夜、矢島夫人と春子さんが姉の見舞。
本当の床上げ。片付けなどする。
○十二月四日(金) 晴 暖
午後、坂上氏。「プロレゴメナ」開始。岩波文庫版で二十五頁、序説から。一昨日始める筈であったが、一昨日は質問に終へたので。
歸りに美彌さんの所へ寄る。美彌さんは親切な人である。
○十二月五日(土) 晴 寒
三代川氏が火曜に延びたので登校。出先生の授業に出る。橋本文夫君に會う。白十字で話す。彼氏はEigendünkler 也。古在氏を訪う。不在。
夕飯後大学院の会。桑木先生に会へばきっとハルトマンの事を聞かれる。例の事件も桑木さんだったらあんな事はなかったらうと思ふ。伊藤さんの様に四角ばった事はなかったらう。桑木さんは良い人であるのを感ずる。園田君と山本君の報告。
次回(來年二月)は僕と田平君。僕はカントをやらう。今後しばらくカントを勉強しよう。
○十二月六日(日) 快晴 暖
午前十時、日高君來る。一緒に長屋先生を訪う。不在。仕方なく川上君の所へ行ってみる。やはり不在。
午後、貸家を見に行く。福島さんの人達に逢ふ。一緒に見る。別れて白山の家主の所へ行く。
それから金子さんの所へ寄ってかへる。
できものについてはさんざんてこずった。
明日のカントを調べる。
一寸でも体に故障があると憂鬱である。
○十二月七日(月) 曇勝ち 暖
八時起床。九時、長屋先生を訪う。日高氏き既に先に來てゐる。飜譯についての相談。金曜に日高君と二人で伊藤先生を訪う事にする。
午後、坂上氏。プロレゴメナの續き。どうもへりくつを云ふ傾向があっていけない。プロレゴメナがいつ終へる事やら。
入浴、快し。
○十二月八日(火) 晴 暖
明日のヘーゲルを調べる。
午後、外出。先づ古在由重氏を訪う。在宅。カントを尋ねたり、等。餘り話しいい人ではない。それから三代川氏。途中「美松」に寄って見物する。
近頃毎日外出。可成り疲れる。家へ歸ると又外出しようと云ふ気はなくなる。
書籍(に限らないが)は必要に応じて買ふべし。先走りして買ふはよろしからず。
○十二月九日(水) 曇 暖
午前、ヘーゲルを調べる。この仕事、中々苦勞である。
午後、坂上氏。彼氏はもっと素直に考へなくてはいけない。どうも妙な考へ方をする惡い癖がある。ドグマティカーの一人。
夜、出先生のヘーゲル会。この会の気分が自分には始めからどうもピッタリしなかった。
できものは実に憂鬱である。惡くはならないがいつまでたっても治らない。近頃では少し図々しくなって恐れは持たなくなった。併し困る。
○十二月十日(木) 曇 暖
この日休養デー。家人と無駄話などして暮す。所が夕飯後黒枠の速達が來る。
北澤種一氏死去のしらせ。昨日午後六時死去。
母と北澤家へ行く。
今井茂子夫人來訪。
○十二月十一日(金) 曇 寒
北澤種一氏の葬式(告別式)。午後一時矢島音次氏と一緒に岩波書店へ行く。岩波氏と三人で靑山齋場へ行く。葬式に列する。多くの知人に會ふ。岩波氏からハルトマンの飜譯に就いて話を聞く。靑山から坂上氏へ廻る。
午後七時、新宿驛で日高氏に會ふ。岩波氏の話を話す。伊藤さんの所へ行く必要がなくなる。長屋さんへ電話をかける。不在。
○十二月十二日(土) 曇後晴 暖
午後、登校。出先生の授業。後で桐谷氏橋本君と白十字に行く。橋本とカントを論ずる。彼氏のつまらぬ事を頑張る所は坂上氏ににてゐる。
夜、長屋先生を訪う。岩波氏の話。岩波書店にたのむ事にする。
入浴、十二貫七〇〇匁。この頃疲れる。
○十二月十三日(日) 雪後曇 寒
午後、外出。日高氏を訪う。長屋さんの話を話す。先日の三越の切手を返さうとしたが取らぬ。
神田へ廻って本を買ってかへる。
飜譯は之で一段落の譯である。
手のできものが大いにいたむ。寒気もする。
先日の発熱も同じ原因ではないかと思ふ。火曜には学生課へ行く。病むと実に心細い。
これから生活が変る。先づ時間割が変る。月曜坂上、火曜休み、水曜出、木曜坂上、金曜三代川、土曜坂上、一日一つづつ也。飜譯が一段落したのでこれらの仕事に專心なるべし。
夜、市川篤二氏へ電話をかける。明日午前中に大学へ行くこと。
○十二月十四日(月) 晴 寒
午前、帝大皮膚科へ行く。市川氏に診て貰う。
表面的のものであって、大した事はなからうと。
膏藥をはって貰う。具合よろし。
昨夜來悪感発熱。十一月末のと気分同じ。
午前八時、七度四分。午後九時七度。
午後、坂上氏。「プロレゴメナ」のプロレゴメナを終へる。彼氏の考はどうも素直でない。
病気と云ふ奴は実に損な事だ。併し病気になった以上は治すより外ない。
○十二月十五日(火) 晴 寒
午前、三代川さんの予習。
午後、散髪。これが一先づの最後の散髪であらう。
三代川さんへ夕方から。
夜、ヘーゲルを調べる。いつもながら六ヶしい。
皮膚病、痛み大いによろし。
○十二月十六日(水) 雨後曇 寒い
午前、帝大病院。随分よくなったと。行きには醇郎と二人で円タクに乘って行く。
午後、ヘーゲルを調べる。
寒気がして、のどがいたい。風を引いたとみえる。昨日三代川さんへ行ったとき非常に寒かった。
夜、出先生宅のヘーゲル会。金子氏にねられる。
何と云っても結局賴みになるのは親兄弟である。
身体が弱いと非常に人に迷惑と心配をかける。姉をみるとよく分る。
○十二月十七日(木) 晴 寒
一日中臥床。風邪よろしからず。熱は大してないが気持悪し。
夜、山田坂仁氏來訪。卒業論文の事。
ひるね。熱があるとひるねをするやうになる。
○十二月十八日(金) 晴 寒
やはり気分悪し。熱は殆どない。殆ど一日中ねむる。夕方より気分よろしくなる。
○十二月十九日(土) 晴 暖
未だ風気ぬけ切らず。
午後、坂上氏。質問。今年は之で打ち切り。彼氏大阪へかへる。
できもの、随分よくなった。併しこれにもすっかり憂鬱にさせられた。
今後、少しフライになる。休養しよう。
○十二月二十日(日) 曇 寒
皮膚病の元の方はいいが、藥のかぶれが大いに惡し。気持悪し。寒気のするのもその爲であらう。風のためではなからう。この日意気消沈。
皮膚病も苦しきもの也。
健康で働くよりいい事はない。健康を損してより一ヶ月になる。
五味和十氏のむすこさん死去のしらせが來る。
之でこの月も亦葬式が二つである。
○十二月二十一日(月) 晴 寒
昨夕方より寒気(サムケ)強し。やはり風邪のためである。昨夜、発熱発汗。朝七度二分。
午前、帝大皮フ科。市川氏。藥が変る。
午後、サムケ甚し。夕方より夜にかけて八度。
○十二月二十二日(火) 曇後雨 寒
一日中臥床。朝、六度九分。夕方七度二分。
すっかり健康になって、この苦界を脱しうるはいつの事やら。
無理をしたので急には熱が下らぬ。
夜、六度五分。本当に治ったのかもしれない。
○十二月二十三日(水) 快晴 暖
午前、帝大皮膚科。二三日でよろしからうと。
午後、雜誌などよむ。
腹の所の皮膚又悪し。藥をつける。昨今の発熱も風かどうか分らぬ。皮膚病も恐ろしいものだ。早くすっかり治りたい。
○十二月二十四日(木) 晴 暖
相変らず腫物のため憂鬱也。それでも全体として快方に向ひし如し。
風と腫物との爲に随分やせた。顔色甚だ悪し、と。
午後、新宿へ散歩に行く。年の暮の景色をみる。久し振りの散歩。それでも少し快し。
夜、姉の全快祝あり。
立石昭三氏死去のしらせが來る。何故かう不幸が多いのだらう。
○十二月二十五日(金) 雨 寒
一日中在宅。
中村さんが諏訪へかへる。
腫物がおちいて(ママ)來て、漸く元気が出て來た。
明日からは年末の仕事が始まるので忙し。
○十二月二十六日(土) 快晴 暖
午後、母、姉と上野の松坂屋へ行く。大いに疲れる。体力の衰へを感ずる。
腫物、腕の方は全快近し。今年中に大体型がつくであらう。
年の暮は何となく忙し。
○十二月二十七日(日) 晴 暖
午後、外出。新宿の三越でタラの粕漬を買って、若月岩吉氏の所へお歳暮に持って行く。彼氏不在。歸りには西武電車による。
又三越へ行って福引を引く。
夜、母と矢島さんへお歳暮を持って行く。
腫物、手は殆ど全快。腹もよし。今年と共に病気を終り、來年は元気よく健康で働きたいものである。
○十二月二十八日(月) 雨後晴 寒
午前、帝大病院。もう來ないでよろしいと。行き始めから丁度二週間。
帝大から橋本文夫君の所へ廻る。貸家をみる。
年賀狀百七十三枚を書く。
少し風気かもしれぬ。昨夜余りよくねむれなかったことと晝一食を取らずに寒い所を歩いた事との爲。一体に体が弱って來た。
○十二月二十九日(火) 晴 暖
午後。岩波氏の所へお歳暮を持って行く。それから小田急で美彌さんと百瀨さんの所へお歳暮を持って行く。百瀨さん留守。
美彌さんの所へ三十分ほど寄る。この頃から段々気持が悪くなる。家へかへってから寒気甚し。夜に入って遂に九度三分、九度五分による(ママ)。
○十二月三十日(水) 晴 暖
一晩中うんと汗が出る。午前三時八度七分、午前十時七度七分。この日一日中七度七分位。
新村義広氏來訪。
○十二月三十一日(木) 晴 寒
昨夜より熱下る。昨夜六度八分。今朝六度六分。この日一日中殆どおきてゐる。併し何分高熱のあととて流石にだるい。何をする気力もない。
年の暮は色々で金のいる事多し。
身体はバランスの取れてゐる中はいいが、一旦バランスがこわれると中々もとにもどらず仕末におへないものだ。
皮フ病も大体皮フでふたが出來た。
十二月は誠にいやな月であった。病気に苦しめられた。この病気もこの日で終り、良い月と良い年を迎へたい。