○六月一日(水)  曇 暖

午後、大阪。創元社。『弁証法入門』本文刷り上り。あと一週間でできる。六時、民科。新島氏、船山氏の歓迎会。

とにかく理論社はけしからん。

発信 玉井茂

受信 玉井茂

 

○六月二日(木)  曇 冷

午後、醇郎來る。

五時、みかげ。名越さんに会う。関学の学生來る。哲研。

受信 出版ニュース社

 

○六月三日(金)  曇 暑

午後、みかげ。神戸銀行。丸善へ行く。みかげへかえる。社研。

『出版ニュース』六月一日号着。

停滯が長いほど動き出せば早い。文学部教授会。急轉直下解決ということもある。

発信 理論社(延世)

 

○六月四日(土)  晴 暖

午後、元町。海文堂。みかげ。小川君の研究室。

杉の原もだめな人間である。学長にまるめられている。Sの動けないのも、学長のカイジウ政策がきいているからである。

最底(ママ)線、十月からの非常勤。

「ドイツ觀念論哲学」講座の件。これは建設的であり、重要である。すぐに哲学科の講義にきりかえられる程度のものにする。

発信 小林登

受信 小林登

 

○六月五日(日)  晴 暑

休養。風呂。

夜、明日の下調べ。

新講座の件、考えてみればこれは大きな事である。大学の歴史に前例がないことだろう。大勢がここまで來たら、少しの妨害も歯が立たないだろう。文学部の教官の中にも、二人や三人、勇気のある正義派がいてもよさそうなものである。学長、部長案を突破するものが出てもよさそうなものである。そんな意気地なしだけだろうか。骨のある人間はいないだろうか。

受信 玉井茂

 

○六月六日(月)  曇 暑

午後、京都。四時、法律文化社へよる。六時、人文学園。「弁証法」に入る。十一時家へつく。

学生の支持のあることも分っており、あっさり否定するようなことはできない。

古林さんはいったいいつレッド・パージ賛成になったのか。

発信 靑木書店

受信 靑木書店

 

○六月七日(火)  曇 暑

午後、みかげ。哲学講座の打合せ。狀勢は急進展。古林さんも観念したと見える。学長の敗北か。

杉之原の態度、二、三日の間で逆轉。永積氏の動き。恐らく学長の指令があっただろう。

 

○六月八日(水)  曇 暑

むしあつい。

午後、大阪。創元社へよる。『弁証法入門』は十一日にできる。民科。哲学部会。笹川氏、山本氏來る。報告。三者会談の件等。結局、学長の地位までゆらいできたということ。

受信 内海哲雄 政界往來社

 

○六月九日(木)  曇 暑

午後、みかげ。哲研。『哲学史』十五冊着。

とにかく理論社はけしからん。

大阪の各大学に連鎖反応をおこしている。勝負あったという感じ。部長にしても、学長以上にあぶなくなる。学長のあわて方も目に見えるようである。

発信 内海哲雄 小宮山量平

 

○六月十日(金)  曇 暑

午後、みかげ。(社)研。社研?(哲研)の方がかなり水準が高い。

笠井さんに会う。

爆発寸前にある。一旦爆発したら学長、部長にとどまらず、評議会で黒を出したのは誰かという所まで行く。本当はそこまで言って、神大の肅清をした方がいいかも知れない。そこまで行けば小さい革命である。

 

○六月十一日(土)  小雨 冷

午後、みかげ。小川君に会う。海文堂へ行く。

今日、組合中執。十三日、文学部支部、小松問題座談会。十五日、三者会談。急ピッチになってきた。二十日のシェアー教授会に出るかどうか? あるいは学長、部長の中にすでに連絡があるかも知れない。

学長の考えでは、恐らく、十五日三者会談、二十日教授会で一気に解決するつもりだろう。

 

○六月十二日(日)  晴 暑

休養。風呂。散髪。この二、三日疲れを感じるのは、勝負あったという感じから、緊張がとけて弛緩したからかも知れない。

 

○六月十三日(月)  晴 暑

午後、大阪。創元社。『弁証法入門』出来。ただし、奥付に誤植あり。検印もやり直し。

笹川氏、山本氏、みかげへ行く。井上氏を訪問中。後から行く。今井林太郎は客觀狀勢を知らない。おどしつける必要あり。

二十日の教授会でとりあげる由。

受信 伊藤一美

 

○六月十四日(火)  晴 暑

午後、みかげ。哲学講座。古代、中世哲学。のち、対策委員会。小川君に会う。

今井氏と永積氏と打合せ。

検印二千終了。

今井林太郎の孤立。降参するより外あるまい。ただでさえ孤立している。教授会の前に奈良もうでをするだろう。

発信 玉井茂 伊藤一美

受信 玉井茂

 

○六月十五日(水)  雨 暑

午後、大阪。創元社。検印紙をわたす。寄贈十五部を依頼。

民科、哲学部会。のち、笹川氏、山本氏と相談。

家へ歸るのが不愉快だ。

今日三者会談があった筈。

予想。二十日の教授会で多分「専任としての復歸」が通るだろう。

発信 小宮山量平

 

○六月十六日(木)  晴 暑

午後、みかげ。内海哲雄氏に会う。

哲研。人数少し。

昨日は二者会談。又も学長のごまかし。古林㐂楽のずるさは底が知れない。田中保太郎以上。

『偉大なる道(上)』讀了。

 

○六月十七日(金)  雨 冷

午後、みかげ。みかげから山本君のところへ。しばらくまって、山本氏來る。万事打合せ。

小宮山量平へ電報を打つ。

三者会談のごまかし。問題を大きくする。民科でももっときつい方法をとる。あの位のことで丸めえたと思ったら大間違い。

発信 小林登

受信 小林登

 

○六月十八日(土)  雨 暑

午後、元町。海文堂。みかげ。小川君に会う。

関西学院の学生がきて、コンスタンチーノフの書評を依頼して行く。

 

○六月十九日(日)  曇 暑

午後、高島氏のところへ。のち、海員会館へ。「働くものの大学習会」に出る。途中で去る。豊田四郎氏の話。

夕食後井上さんの所へ行く。

今井林太郎もいやらしい人間である。古林、今井は軽蔑に値する。ヒューマニズムさへない。

コンスタンチーノフの書評を書く。三枚也。

 

○六月二十日(月)  曇後雨 暑

今井林太郎がにげ出した夢。

理論社、出版ニュース社から金がくる。

「弁証法入門」店頭に現る。

午後、京都。法律文化社へよる。亀井氏不在。人文学園。第七章について。

古林、今井。こんな下劣な、いやらしい人間がなぜ存在するのだろう。

井上さんがどれだけよく説明できたかどうか。

夏休みにもち込んでウヤムヤにしようというのではなかろうか。

受信 理論社

 

○六月二十一日(火)  曇 冷

午後、みかげ。哲学講座。九鬼氏の本へ少し入る。

少しおかしい所もある。小川、井上、陸井。しかし、思いすごしはしない方がいいかも知れない。井上さんももう少しシンがあるといいが。どうも常識を出ない。

神大新聞へのせる由。

湯に入る。

『史的唯物論』『唯物論と弁証法』着。

勝手にしやがれという気にもなる。

発信 竹内良知 理論社

 

○六月二十二日(水)  晴 暑

午後、大阪。創元社。神大の様子を聞く。

民科、哲学部会。甘粕さん來る。

井上さんもモウロクした。学長次第。

夏休みにもちこんでウヤムヤか。勝手にしやがれというところ。

『弁証法入門』十三冊着。一冊を橋倉さんへ送る。

民科の件もマイナス面だけではない。プラスの面もある。少くもあの文章をよめば、復歸に反対はできなくなる。

やはり学生との結びつきは大事である。永積、小川の二人位気にするな。

民科を作るというなら、ぼくを無視することはできないだろう。

発信 山本晴義 亀井蔀

 

○六月二十三日(木)  晴 暑

午後、みかげ。哲研。

学生の動き。神大新聞へ出さない由。学長の反対による。

文学部教授会のだらしのないことも事実。古林、今井の軽蔑すべき人間であることも事実。

四月以来の斗争も一段落というところ。目標は先へ引きのばされた。だが、成果はあった。で地盤もできているし、『教科書』の関係もある。

『弁証法入門』はたしかに売れる。コーンフォース

なかばあきらめ。かえってサバサバした。(これでいいでしょう)

見通しは十月からの非常勤講師。この位で止むをえないだろう。それでも、ゼロよりはプラスである。それに肩書もつく。永積問題のごとき大勢に影響はない。

受信 竹内良知

 

○六月二十四日(金)  晴 暑

むしあつい。だるい。

午後、みかげ。海文堂。

夜おそく井上さんがかえってきた。学長からよばれたのではなかろうか。潮みちたというのは、うそかまことか。希望的觀測はいけないが、なんとかなりそうな気もする。

 

○六月二十五日(土)  晴 暑

午後、三劇へ言って、「渡り鳥いつ歸る」をみる。力作だが、感じはよくない。

久しぶりでビールをのむ。

この二、三日とくに疲れる。

 

○六月二十六日(日)  曇 暑

午後五時、王子公園児童会館へ行く。ソ研の映畫と講演の夕。「新しきモスクワ」外一篇を見て歸る。

いよいよ夏休みに入るが、学長はどうするつもりだろうか。ずるいから何をするか分らない。普通ならもう降参する頃だが。

井上さんも頼りない。隣りで事情もよく分っているのだから、人道問題として打ち出せば何とかなる。しかるに、民科にブレーキをかけること、学長の鼻息をうかがうことだけ。その他、堀、三田、阿部等、なんと意気地のないことだろう。

 

○六月二十七日(月)  曇 暑

むしあつい。だるい。

休養。

関西学院新聞部の学生が新聞と原稿料とをもってくる。

十月から非常勤と腹をきめていればいい。それ以上なら何でもプラス。学生も九月にもちこすつもりでいる。

もっと大きく考えること。神戸へ來てから六年。パージ以後四年たったではないか。見通しがつけば、三ヶ月、半年位は大したことはない。十月からの非常勤でも、考え方によっては大きいプラスである。今迄の闘争がなかったら非常勤も決して出ては來なかった。

靑木春雄へ『弁証法入門』を送る。

 

○六月二十八日(火)  晴 暑

午後、みかげ。哲学講座。

むしあつい。風呂へ入る。

このまま頬被りで夏休みにもちこむなら、森、今井は余りに下劣である。

『パヴロフ』をよむ。

 

○六月二十九日(水)  曇 暑

午後、大阪。民科哲学部会。

 

○六月三十日(木)  曇 暑

午後、みかげ。哲研。

七月四日に教授会がある。人事の件はないが、その他の中で出てくるかも知れない。非常勤位で通すかも知れない。