○二月一日(金)  曇小雪 寒
  昔の一高の記念祭。
  午後、みかげ。社研は明日に延期。
  『現代日本の思想』讀了。こういう柔軟性のある考え方には学ぶべき点がある。
  楠さんはもう少し待ってくれという。ぼくのことか延世のことか。案外ぼくのことかも知れない。とすれば、二月四日の教授会をまっているのかも知れない。事実哲学科は手不足で、「近世哲学史概説」をやる人がない。これがなければ哲学科にならない。ぼくをほっとくのももったいない話であり、全くバカげたことである。その問題かも知れない。非常勤講師は収入は少いが、利用価値は大いにある。ぼくの予測は当らないかも知れないが。もしそうなら、一〇〇パーセントこれを利用する。どうやら、どん底から上へ向いてきたような気もする。たとえ、非常勤講師であっても、正規の教師になれば、実力によって哲学科をリードすることができる。他にはロクな奴はいない。今井林太郎も少し心境の変化を來したかも知れない。
  発信 醇郎 理論社
  受信 醇郎

○二月二日(土)  晴 寒
  午後、みかげ。社研。のち、三の宮へ行く。丸善でネクタイを買う。
  『唯物論と弁証法』を去年の九月再版している。だまっているのはけしからん。
  「日記」を書く。
  『自由の彼方で』をよむ。
  山本君から何もいってこない。例によって一月位かかるだろう。

○二月三日(日)  曇小雨 寒
  午前、兒玉医院。
  『図書新聞』着。
  『自由の彼方で』をよむ。
  「日記」を書く。
  朝は寒かったが、午後から暖くなった。もうそう寒いことはないだろう。

○二月四日(月)  曇 暖
  山本君から「年表」の原稿來る。
  ハタに一月十四、十五日の「復職斗爭全国活動家会議」の報告が出ている。たしかに中央がだらしがない。
  亀井氏へ「年表」を送る。
  山中の問題も、近所では騒いでいるが、大した問題ではない。
  「療養生活から」を日本文化人会議へ送る。
  今日文学部の教授会があった筈。何もぼくに関することはなかっただろうか。井上さんは何もいわないが。
  もうそう寒いことはないだろう。
  ぼくを非常勤講師にするかどうか。ぼくにとっては重大だ。学長も積極的にその位のことは考えてもいい。しかし、だらしないからどうなるか分らない。
  井上さんもつまらないこと(例えば山中氏の件)では怒るが、本当に怒るべきことでは怒らない。
  発信 亀井蔀 山本晴義 日本文化会議
  受信 山本晴義

○二月五日(火)  曇後雨 暖
  午後、阿部さんの家へ行く。留守。判をレター・ボックスの中へ入れる。御影分校へ行く。
  どうも岡田正三が悪者らしい。民間人を役人にすると役人以上に官僚的になるのと同じ具合である。彼は飜訳家であり、教授たる資格はない。彼を教授にしたのは文学部の失敗。文学部のガンになっている。武市と共に。
  井上さんももう少し積極的に動いてくれるといいのだが。
  『自由の彼方で』をよむ。変な小説だ。
  発信 阿部眞琴

○二月六日(水)  雨 冷
  午前、兒玉医院。御影へよる。
  『自由の彼方で』をよむ。
  「日記」を書く。
  発信 湯川和夫

○二月七日(木)  雨 暖
  梅雨のような気候。
  「日記」の一部を『政界往來』へ出すために整理する(二〇枚)。
  『自由の彼方で』をよむ。
  この頃靑木君が研究室にいたことがない。止めるのではなかろうか。井上庄七君はよくいる。とにかく哲学科は沈滞の極。三田、岡田、武市では仕方がない。分裂、半身不随のまま。部長の責任も大きい。起死回生はできるのだが、やろうともしない。
  発信 政界往來社

○二月八日(金)  曇 暖
  午後、みかげ。政界往來社へ原稿を送る。分校へ行く。天治へ行く。社研のコンパ。
  亀井氏へ返事を出す。追加の件。
  楠さんのテストケイスでもある。井上さんよりは期待できるだろう。
  『自由の彼方で』をよむ。「日記」を書く。
  『政界往來』へ出した文章も、『新潮』や『群像』へ出たのなら問題になるのだが。
  発信 新島潔 亀井蔀
  受信 亀井蔀

○二月九日(土)  雨 寒
  午後、神戸。流泉書房へよる。元町を歩く。海文堂へよる。
  『自由の彼方で』讀了。
  発信 大井正

○二月十日(日)  曇 寒
  午後、みかげ。日文協例会。「自由の彼方で」について。割合に面白い。
  冬の気圧配置。
  山本君、何ともいってこない。同じことを数年くりかえしている。やることがもう少し精確ならいいのだが、あまり粗雜すぎる。
  夜、室内六度。久しぶりで寒い。
  永積さんの本をよむ。
  どうも神戸大学は女子学生の方が優秀なのがいる。男の優秀な学生は京都へ行くのだろう。もっとも文学部だけしか知らないが。
  楠さんは、身体をよくしていれば、いいことがありますよ、といった。信用できるだろうか。
  発信 ハタ 理論社

○二月十一日(月)  晴 寒
  午前、兒玉医院。御影へよる。阿部さんに会う。
  今朝、零下三度。寒さのヤマ。
  夜、岡、重原、深江君きたる。
  「日記」を書く。
  受信 阿部眞琴 新島繁 政界往來社

○二月十二日(火)  晴 寒
  今朝も零下三度。
  靑木の銭湯へ行く。
  実際山本君も頼りない。むかしからだが。
  「日記」を書く。三〇〇枚(二〇〇字)を越す。
  発信 山本晴義

○二月十三日(水)  曇 寒
  今朝も零下三度。
  午後、みかげ。神戸銀行。分校。新島さんからの書物を受取る。
  『日本の知識人』の仕上げ。これには相当ウンザリした。やれやれだ。
  いずれ神戸大学には徹底的にカタキウチをする。何年かかっても。
  射殺事件、自衛隊の死の行進、原子兵器持込み、等、今年は激動がありそうだ。地すべりがあるかも知れない。サンフランシスコ体制の破壊へ。
  党中央もだらしがない。レッド・パージ問題を大きく展開すべきだ。法廷闘争にかぎってはいけない。
  発信 亀井蔀
  受信 亀井蔀

○二月十四日(木)  晴 暖
  午前、兒玉医院。
  京都へ原稿を送る。
  ぼくの誕生日。スキヤキ。去年の今日とくらべてどうだろうか。今日、血沈が六と十五であることが分った。十五日、はじめて元町へ行った。身体はこの一年間で随分よくなった。もう普通に生活していて、故障の起る可能性は少い。あまり身体のことを気にしないでもいいようになった。
  ようやく暖くなった。もう大して寒いことはないだろう。
  「日記」を書く。
  三月には『政界往來』が出る。これも利用する。『日本の知識人』も出る。これはかなり反響をよぶだろう。今書いている原稿も、そろそろ交渉しよう。これが売れると(売れるだろう)具合がいい。
  受信 山本晴義

○二月十五日(金)  晴 暖
  午後、銀映へ行く。「踊子」、余り面白くない。「秘密」「民謡を訪ねて」の方が案外見られた。
  三月八日、不当馘首反対全国集会が總評で開かれる。今年はこの問題を発展させねばならない。それが中央の役目だ。
  この頃楠さんの態度が少しおかしい。何かあったのだろうか。井上さんがもう少し積極的にやってくれるといいが。井上さんの弱さは、やはり問題の根本を理解していない所にある。
  永積さんの本をよむ。
  「日記」を書く。
  今後一年は、文筆とその他の断片的な仕事ですごす、という計畫の方がいいかも知れない。経濟的にもその程度で一年はもつし、健康から云ってもその位がいいだろう。
  発信 山本晴義
  貯金額、二四五、四〇二

○二月十六日(土)  曇 暖
  農地の金、今迄で三五万來ている。残額約二五万とすれば、一〇万使ったことになる。農地の金が全部來るとすれば、もう二年もつだろう。悠々とかまえることだ。二年たったら、世の中は随分変る。
  午後、入浴。夕方、岡君きたる。夜、神鋼の福井氏來る。
  常井氏から『山形大学』(第八号)を送ってくる。
  二四五、四〇二 理論社、神大のカンパが加わる。その他の印税等で今年中は楽に持つ。
  農地の金でもう一年はもつ。あせらぬこと。機を待つ。
  発信 浪速予備校
  受信 浪速予備校

○二月十七日(日)  晴 寒
  午前、兒玉医院。
  午後、大阪。三時、民科。「組織と自由」について報告。のち、山本氏、タツミ氏といっしょに夕食。予備校の答案をうけとる。山本君から『プラグマティズム』の寄贈あり。
  「日記」を書く。
  今日の民科は活溌でよかった。
  田中、古林、服部、今井等は責任を感じないのであろうか。自分等の犯した罪悪にたいして何とも感じないのであろうか。かれらは人間といえるだろうか。ぼくは後藤さんにたいして、何とかしてはげまそうと考えている。ぼくの研究会に出ていたからである。田中等のぼくにたいする関係ははるかに重大であるのに。あきれた連中だ。
  個人的ではなく、神戸大学として何とかしようという気にならないのだろうか。あわれな存在だ。神大(とくに文学部)の沈滞の原因はそこにある。
  発信 常井直道

○二月十八日(月)  晴 寒
  休養。
  夕方、深沢君きたる。
  湯川、大井、理論社、ハタ、反応なし。
  久しぶりで海へ行ってみる。「春の海」にはまだ早い。風がつめたい。
  党中央も安易にすぎる。
  予備校の答案を見る。出來ない。
  石橋湛山、はかばかしからず。場合によっては内閣のピンチになる。自明(ママ)党に一騒動起るかも知れない。野党より与党がこわい。全く末期的だ。もう空中分解してもいい。社会党内閣位できてもいい。今年も予想外の事態が生じそうだ。この重くるしい抑圧はふきとばしたい。反抗!反抗!反抗!反抗をしよう。あらゆる方面にわたって。
  発信 理論社

○二月十九日(火)  曇 寒
  予備校の答案をみる。陽子が大部分みる。やっと終了。
  ハタも公式的で、よくない。党の缺陷をなおすこと、これが今の最大の問題である。中央は鈍感である。あるいは、責任が自分の所へくるのを恐れて、ふれたがらないのかも知れない。

○二月二十日(水)  晴 寒
  正午、阪急岡本へ。山本君に答案をわたす。
  午後、御かげ。楠さんに会う。延世の件について聞く。三の宮へ行く。流泉書房で古川君に会う。
  山口さんから薬がくる。
  『法学セミナー』(三月号)に久野収「帝国憲法の教訓」が出ている。やがて、イールズ・レッド・パージについても、單なる過去として語るときがくるだろう。
  「日記」を書く。明日の研究会の用意。
  受信 山口栄子

○二月二十一日(木)  晴 寒
  午前、兒玉医院。
  午後、六時、福井氏の所へ。コーンフォース、第一回。九時終了。
  発信 後藤やゑ
  受信 大井正 後藤やゑ 深沢幹男 岩波書店

○二月二十二日(金)  曇 寒
  午後、入浴。
  浪速予備校から九五〇円也來る。
  石橋首相、向後二ヵ月の静養を要す。
  石橋總理、辞意を明かにする。
  二十三日午前二時のニュース。石橋内閣總辞職決定。後任は岸の方針。しかし、それでまとまるかどうか。いずれ解散はさけられないだろう。
  ルフェーヴル、予習。
  もう自民党も空中分解していい頃だ。日本でも地すべりが起ってもいい。戦後最大の変化が。それではじめてA・A諸国なみになる。
  発信 浪速予備校
  受信 浪速予備校

○二月二十三日(土)  晴 寒
  午後、みかげ。白檀へよったら、三浦さん等がいる。分校、小川研究室。日文協理論部会。ルフェーヴル終了。
  高崎大学の件、『朝日』に出ている。
  石橋内閣總辞職正式に決る。岸内閣二六日にも成立。
  永積さんの本をよむ。

○二月二十四日(日)  晴 寒
  午前、兒玉医院。
  午後、山本英一氏を訪う。
  レッド・パージの問題は、いずれは爆発すべき問題だ。あんな無茶なことはない。被害者も数万人に及ぶ。たしかに党の指導が悪い。
  永積さんの本をよむ。
  少し咽喉の具合が悪い。しかし大したことはない。
  「日記」を書く。

○二月二十五日(月)  曇後雨 暖
  午前、延世、保健所へ行って写眞をとる。
  風邪。咽頭から鼻へ。この前の日曜以後は少しオーヴァー・ワークだった。疲れが出た感じ。
  理論社、つぶれるらし。
  『日本文化人会議月報(2月)』着。「私の消息」あり。
  高崎短大問題は重大だ。その影響は大きい。党もどれだけこの問題ととりくむか疑問だ。その重要さが分るかどうか。
  受信 理論社

○二月二十六日(火)  晴 暖
  風邪、大体よろし。ダンをのむ。
  『国際』を買いに靑木まで行く。春らし。こんどは春になるだろう。
  神戸レッド・パージ反対連絡会議が三月二日にある。今頃はじめるとは間抜けだ。全国集会は三月八日。しかし、とにかく動き出したことはいいことだ。
  ハタ編集局もピンボケだ。
  「日記」を書く。
  不当解雇反対復職運動がどれだけ発展するかは問題だ。のびることはたしかだが、どの位まで行くだろうか。とにかくギセイシャは数万、あるいは十数万に及ぶ。大きい問題しうる(ママ)條件は十分ある。党がどれだけ眞剱にとりくむかによる。とにかく無茶苦茶なやり方をしたのだから、当然とり消すべきだ。高崎短大の問題を一つのきっかけにすることも良い方法である。日教組に立ちおくれがある。
  発信 民科
  受信 民科

○二月二十七日(水)  晴 寒
  午後、みかげ。後藤さん等は十日にくる。三浦さん等と白檀へよる。
  のぶよ、レントゲン写眞出來。ゲズント。まずは一安心だ。
  陽子の「ある老人の死」が『分水嶺』のトップに出ている。
  「日記」を書く。

○二月二十八日(木)  曇 寒
  午前、兒玉医院。
  今朝、マイナス一・八度。
  夜、岡君きたる。
  かつての救援委員会のことを考えても、山本君、岡君が中心になり、川西がこれをかき廻したのだから、うまく行く筈がない。民科をまとめるのも全く世話がやける、これにくらべたら、鍵本、三浦、後藤のトリオの方がはるかにしっかりしている。
  「日記」を書く。
  党もたよりない。中央も末端も。
  今日で二月は終る。二月は割合寒かった。しかし、今日位が最後の寒さで、もう暖くなるだろう。
  受信 小川利夫