①
九月七日出の御手紙拝見しました お天氣がよいとまだ
残暑がなかなかきびしうございますが それでも朝夕は
本当に爽かになり秋らしくなつて参りました
レントゲンをかけた後の皮膚炎が起つてお困りとのこと御察し
申上げます 痒みがひどいと真に痛いよりつらいもので睡眠障
碍の為に大概の方が泣かされるものです 殊に痒みの上に痛み
があつては尚更でございませう
大体此の皮膚炎は程度により又其の時期によりつまり症状
によつて薬の適用が異るのでございます 始から終迄一つ薬
で間に合ふとすれば至極簡単でございまして医者も必要
なくなり専門医などは尚更不要といふことになります 従つて
此の病で苦しむ人は勿論なくなる訳です かういふことは他
の病氣でも同様さう云ふもので病名が判つてゐても病状に
より薬は色々に変へて適当な薬を選擇すべきです 其の
②
適当な薬をえらび出してこそ此の薬はよく効くといふ
ことになります そこで診察が必要になり医者特に専門医
が必要になつて来るのです 亜米利加からの薬といふのは恐
らくペニシリンとかダイヤジンとかのことでせう之等は御承知
でもございませうが化膿菌を殺す薬ですから皮膚炎にして
も化膿菌が作用して悪化してゐるやうな場合之を用ゐれば
あざやかによくなります よくなると云つても全快する訳では
ありません 病状が好轉するのです 然しそれで非常にらくに
なります こんな場合も之等の薬を用ゐてよいか用ゐる必要ないか
を決めるには医者の知識と經験を要することになります 殊にペニシリン
の如き高價な薬を注射するとすれば或は塗布剤として用ゐるに
しても適應しないのに用ゐるといふことは考物で熟考を要する
ことになります 何れにしても一度御上京なさつて専門医の診
察を受けることが治療の最も近道だと存じます
③
東京には其の道の名医専門医が澤山居りますから其の診
察を受けることが先決問題で入院するとかしないとかはその上
のことになさつた方がよいと存じます 入院しないでなほればそれ
にこしたことはなく殊に食糧に不自由な時で入院しても食糧を
運ぶのでは大変だと存じます 又診察を受けてみてどうしても入
院しなくてはならぬとすれば致方もございませんが。或は又診察し
ていたゞいて此の薬を最後迄とかどういふ病状になつたらどうとか
教へて貰つて直きにお帰りになれるやうなこともないとは限りま
せん 兎も角入院し得られるやう御準備なさつて御上京なさる
のがよいと思ひます
取り急ぎ御返事申上げます
林 省 吾
九月十日
小松いさの様