小松攝郎→小松いさの
1949年6月11日

母上様
 今日丸通から來て貰つて打合せをしました、13,14の二日でスワ
行の荷造りをします、貨車わあいているそうですから、すぐ送ること
になりましよう、それから、3,4日間をおいて神戸行の方にかゝり
ます、貨車の運賃わ、山形→茅野が5千円位、山形→神戸
が7,8千円位だろうとのことです、人夫わ1日1人250円、2人來ま
す、スワ行だけで二日を要しないときわ神戸の方も荷造りにかゝり
ます、(貨車の運賃わ、運賃表を持つていないから正確でわないが
ということです)、
 神戸から昨日電報で”金を送つた”と知らせがありました、どの位
來るか分らず、それだけで足らない場合の懸念わありますが、これで
どうやら引越しの段階にまでなりました、
 陽子も太つて元気になり、延世も注射がきいたか、だるくなく
なつたそうです、どうやら皆調子よくなつたので、無事に神戸まで
行きたいものです、

 裕二郎が”お婆ちやんに送つてね”と云つて絵を書きましたから、
同封しました、祐二郎も中々上手になりました、

                        6月11日  攝郎