夏のえんがは(夜)     小松百枝
えんがはの中央の端にはすだれが涼しさうにさげてある其の側で私達はこしかけてすゞんで居た。
向ふの家の影からは月が半分顔を出した。すると一せいに小さなアヤメの池へ光りがサツトかゝつて明るくなって水がうす青く見える、弟はうれしさうに母に告げに行った。月はもう皆出てしまって其のまはりは星も見えない。ピカリ、向ふの竹やぶの中から池へめがけてほたるがまって來た。兄はそれを取ると言って、はうきを持ってそっと池の方へ近よった。
姉は可哀想だから、およしと言ってもきかずに居る。
ほたるが光ない時は兄はピツクリしてうろうろして光れば又はうきでとらうとする、それがおもしろくて私達兄弟は聲をしのばせて笑った。が遂にやうやう取ってしまった。弟は大嬉びで紙に包んでながめて居る。
みねの櫻が・・・私姉妹はいつか小さな聲で唱歌をうたって居た。
其の時向ふの暗い方の星がスーッと流れてどこかへ行ってしまった。
姉は「あ、流星」と言って急いで着物をつかんだ、ので私は不思儀に思って聞くと、星が流れた時に着物をつかむと裁縫が上手になると言ったので私も裁縫が下手だからつかめばよかったと思った。
母はいつの間にか側に來て居て、「それが本當ならば裁縫を習ふ必要がない」などと言って大笑した。
弟は「星は流れてどこへ行くか」と一しやうけんめいになって聞いて居る中に私は眠くなったので床についた。
遠くの方からは蛙の聲がいつまでも聞こへて來る。
ヲハリ

わざとらしくなくてよい心持が表はれてをります。
(用紙 諏訪高等女学校作文用紙)