なべの下     小松百枝

火は少しおとろへて來た。それと同時にぐつぐつとにへて居る音もだんだんに弱くなつてゆく、
私はいそいで長いたきぎを投げこんだ けれどもあまり勢よく入れたわけか火はプつと消へてしまつた。
もうぐつぐつの音は止まつてしまつた、がまだなべの中は残りおしさうなふうに、あちこちにあはが出來てたまにそれがなくなつたりできたりして居る
あたりは急に靜かになつてしまつた。
私はいそいでマツチをすつた。紙へおしつけるやうにしてやうやう又元のあかるさに返つた。そして再びぐつぐつと生きかへつたやうに音をし出した。火はますます勢よくなつてゆく 私は前に誰か言つた事をなんの氣なしに思ひ出した。「火のもへる一番先の方が一番あつさか強いのだからなべを少し髙くしておくと早くにへる」私はその火を見ながら考へた。がどうしてもへんでさうは思へなかつた。なべがどんなに低くも先の強いとこをとうつてもへてゆくのだから低くしてもいゝと思つた。火のゆく方向となべをじつと見て居るとやつぱり火の先はなべのうらを通つて消へてゆく。
きつとその人は火をもやした事がなくてたゞ火の先が一番強いとのみ思つてそれを言つたのだらうと考へたが、なんだかそこにむずかしい事が有つてやはり高くした方が早く出來るのであらうか等と思ふとどつちにしてよいかにこまつた。なべの中のものはぐるぐるとにへかへつて居る、私はどうぞ私の考へた事があたつていますやうにと願ひながらいそいでなべを下した。
をはり

おたやかに面白く書けた。
(用紙 諏訪高等女学校)