○十月一日(月) 曇 冷
文二、ディルタイ。神谷氏を理乙一の教室で紹介する。
学校へネットを持って行く。
三木清獄死。
現内閣は二、三週間でかはる由、アメリカの報道。
学校も旧勢力は引退せねばならない。
出版界は大い二意気込んでゐる由。
○十月二日(火) 曇 冷
理甲二、独語。
文二、話。明治以後の小説(前半)。
今日の研究会は來週二延期。村岡氏仙台へ行く。引越しのため。
これから本気で勉強すること。問題は実存哲学の発展。ヘーゲルからニーチェ、キェルゲゴールを通り、ハイデッガー、ヤスパースに至る道を辿ること。
陽子の誕生日。但し子供二人とも風邪を引いてゐる。
○十月三日(水) 晴 暑
文二、科学と哲学、終り。
午後、二時―五時、テ二ス。スロープ下のコート。久し振りで運動して快し。
夜、小学校の先生二人來る。十時去る。
余の書物の復員今日で終り。一ヶ月半を要せり。
紘一郎快方に向ふ。陽子未だよからず。
○十月四日(木) 雨 寒
午前、学校。
午後三時から教授会。相変らず低調也。校長は封建的なり。四時半終了。今後定例教授会は木曜午後三時からとなる。
陽子も快方に向ふ。
姉の命日。
昨日のテ二スのため身体痛し。
○十月五日(金) 雨 寒
午後九時から講堂で二十五周年記念式。校長の式辞低調也。十時―十二時、斎藤茂吉氏の文化講義“人麿鴨山私考”。
杉山平助著“文藝五十年史”読了。之は面白い本である。
三木清、戶坂潤の問題。特高課の廃止。マッカーサーは急所を衝いてくる。
午後六時寮へ行く。生徒の弁論大会審査員となる。自治の要求多し。八時半終了。弁士十二名。一人十分。
東久邇宮内閣総辞職。
少し風邪気也。
煙草今日を以って終了せり。
○十月六日(土) 晴 暖
文二、哲学と宗教。
午後からずっと家にゐる。西田幾多郎著“日本文化の問題”読了。
夕方、草間が來る。
幣原男(74歳)に大命降下。
○十月七日(日) 曇 暖
午前、子供二人をつれて寮の運動会を見に行く。
午後、大映へ行く。“海猫の港”をみる。つまらない。
夕方、村岡氏來訪。
煙草が切れたためかねむくてだるい。
同心会発足。今後の日本文化の中心となるであらう。
西田幾多郎著“働くものから見るものへ”の“後編”読了。約一ヶ月西田哲学を勉強せり。
○十月八日(月) 雨 冷
文二、哲学と宗教、終り。
実によく雨が降る。
村岡夫人來訪。
学校に於いては依然としてファシズム横行す。
西田幾多郎著“哲学論文集第三”読了。
○十月九日(火) 雨 冷
午前、理甲二、独語、写し。
午後、文二、話。白樺派等。
三時から生物教室で火曜会(と命名決定)。西田哲学についての余の話。五時終了。参加九名、小松、田中、村岡、㐂多、白石、花岡、平松、榊原、寺﨑。
幣原内閣成立。老人を集めたり。
長野の渡部氏から林檎を送って來る。
○十月十日(水) 雨 寒
文二、“哲学的精神”終り。
学校のストライキ多し。必然的現象也。
山高は依然たる沈滞なり。幹部一掃の要あり。
又颱風近づく。実にいやな天気である。
疎開書物を箱から出して片付ける。
“一讀三嘆当世書生気質”読了。
母、発熱。
○十月十一日(木) 暴風雨 寒
颱風來る。まことに寒々としたいやな日である。
学校へ行く。余の授業は無し。
定例会議が又十二時二十分からとなる。僅か宛乍ら学校も良い方に向かってゐる。生活課も意気上らず、Militarismを取り上げられたら生活課には何の取柄もない。思想指導など出來る柄でない。
“思想”復活。八月号出來。同誌をよむ。
母、大体よろし。
夜二入って風静まる。
本も段々出るやうである。
転入生の試験は21日より。
○十月十二日(金) 半晴 暖
理甲二、独語。久し振りで日の目を見る。
三時―五時、テ二ス。Condition悪し。
“小説神髄”読了。
白石さんの云ふ所にも良い所もあるが、をかしい所も多い。
山高でも今迄時局便乗してのさばってゐた人間はいぢめなければならない。
発信 渡部一郎。
○十月十三日(土) 曇後晴 寒
文二、哲学史に入る。
午後、母の薬をとりに濟生館へ行く。長らく待たされてつまらなく時間をすごす。大映、遠藤へ寄る。小姓町で米兵がしきりに騒いでゐる。
本間久雄著“明治の文学”(ラヂオ新書)読了。
○十月十四日(日) 晴 暖
午前、“柵草紙の山房論”(没理想論)をよむ。本の整理などする。布川さんに手紙を書く。
午後、大映へ行く。“戸田家の兄妹”を見る。緻密な作品である。
夜はもう炬燵のほしい位の寒さである。
明治の文学一段落。これからはニーチェ研究。
発信 布川角左衛門。
○十月十五日(月) 曇 寒
文二、アテネ以前の時代。
午後、市役所へ行って牛乳券を受取る。学校へかへる。
夜、村岡さんの所へ牛肉100匁持って行く。
田中耕太郎氏、学校教育局長、関泰祏氏水戸高校校長。
○十月十六日(火) 曇後雨 暖
理甲二、独語、写し。
木曜の会議を繰上げて十二時二十分から会議。入学試験のことなど。口答試問委員を命ぜられる。
午後、文二、ギリシャ哲学の説明、社会運動のことなど。明治以後の文学の話は今日で終り。
テ二ス。大根葉の配給。
高波さん來診。母、気管支カタル。
教務はしみったれてゐてよろしからず。改革の要あり。
今日から山新の代りに朝日(東京)が來る。
教育界も良い方向へ向ってゐる。教師も人間として尊敬されるのでなければならない。
齋藤日向訳ストリントベルク“大海のほとり”読了。ストリントベルムクは初めてであるが、中々面白い。彼は特殊の感覚を持ってゐる。
○十月十七日(水) 快晴 暖
この頃初めての快晴。絶好のテニス日和。
午前、読書など。阿部次郎著“ニイチェのツァラツストラ解釈並びに批評”読了。“世界思潮”の三木清“ニイチェ”をよむ。短いけれど良い文章である。
午後、河合和男が來る。
坂部さんの所へ行って風呂に入る。眞に久し振りである。
母未だ熱あり。陽子も発熱。家にゐるのも不愉快である。
Schopenhauer,Kierkegaard,Dostoievskii,Nietzsche,Strindberg―この系列の思想を研究するのは面白いことである。
○十月十八日(木) 晴後曇 暖
午前、学校。山下さんへ行って往診を頼む。済生館へ行って母の薬を受取る。家へかへって晝食。
午後十二時二十分から校長室で口答試問題の打合せ。
午後三時―四時、テ二ス。
夜、山下さん來診。陽子猩紅熱の疑あり。発熱九度。
高木氏よりノートの返還あり。鍬を学校へ返す。
○十月十九日(金) 雨 冷
理甲二、独語。
午後三時―四時、校長室で口答試問委員の打合せ。
陽子、最高八度。
シュトレッケル著野中正夫訳“ニーチェとストリンドベリー”読了。
転入生の入学試験については企劃甚だ悪し。
家中半人足のみなり。不愉快なり。
○十月二十日(土) 晴後曇 冷
文二、ミレトス学派。缼席多し。歸省者多し。一週間位休みにすればいいのである。教務課よりは生徒の方が利口である。依然として官僚的なる教務課。-山新の記者草賀氏來る。Chesterfieldを一本貰ふ。
午後十二時半から入学試験用意。全教室で机運び。人を馬鹿にした話である。後、口答試問委員打合せ。手順の悪いことおびただしい。三時終了。試験前二回位は授業を止して専門に用意をすればいいのである。
渡辺へ行って散髪。
夕食、牛肉と松茸。
○十月二十一日(日) 雨 寒
入学試験第一日。午前、筆記試験。
午後一時から口頭試問。A班第二室、望月、小松、高木、村岡。交代で休む。六時終了。寒し。
中谷洋太來る。
○十月二十二日(月) 曇 寒
試験第二日。軍隊の形式主義明瞭也。
午後五時試験終了。
中谷去る。
夜、坂部さんの所へ行って風呂に入る。
陸軍技術中尉諏訪彰氏來訪。
受信 久保康夫。
○十月二十三日(火) 雨 寒
試験第三日。段々順序よく進むやうになる。午前の部は十時少しすぎに終る。午後は二時少しすぎ二終る。これで全部終了。相当疲れたり。学校のさつま芋の?礼あり。明日休みにならないのだから殺生である。
吉田収來る。
教育に関するマッカーサーの指令発表。
○十月二十四日(水) 曇後晴 冷
文二、レラクレイトス。生徒は約半数出席。教官疲勞の色あり。勝川教授独り得意也。頑迷固陋度し難し。退去を待つより外なし。
午後、大映へ行く。“北の三人”禁止され、代りに“僕は誰だ”(エンタツ・アチャコ)上映。試験の疲勞を洗った感あり。日本ニュースあり。学校へかへる。
“思想”八月号着。
街で岡崎恭一に逢ふ。山新に勤めてゐる由。
久し振りで一夜をゆっくりすごす。
受信 渡部光代。
発信 久保康夫。
○十月二十五日(木) 晴 寒
今迄で一番寒し。午前、学校。定例会議無し。
午後、甘藷9貫500匁を二回二分けて家へ運ぶ。
夕方、山下さんへ行く。陽子の薬。
朝日新聞革新。学校も古い幹部は引退すべし。
○十月二十六日(金) 晴 寒
午前、理甲二、独語の代りに話。白樺派その他について。麓教学官学校へ來る。
午後、放課後生徒とテニス。
中川秀恭訳カール・レヴィット“キェルケゴールとニーチェ”読了。示唆を受けること大也。
受信 駒宮俊太郎。
○十月二十七日(土) 晴 暖
文二、オルフィック派。
午後一時、商業経濟界会へ。山新中心の文化団体の成立。三時散会。十数名集合。学校へかへって一時間程テニス。
陽子未だ熱高し。山下さん來診。気管支カタル。
荒田氏長女昨夜逝去。明日葬式。
來週より轉科許可。
地方長官移動発令。
○十月二十八日(日) 快晴 暖
午前、読書等。レヴィットの論文“ヨーロッパのニヒリズム”(思想)、“ルソーよりニーツシェに至る市民社会の問題”(思想)、“人間と歴史”(人間学講座)等をよむ。
午後、山下さんへ行って陽子の薬を受取る。二時、明善寺(小姓町)、荒田さんのお葬式。二時半終了。日活へ行って“伊達大評定”を見る。つまらない。
Ancien régimeは破壊すべし。
近來に無いいい天気。日中は暖いが、夜は寒い。最低零度位。
発信 今泉三良。
○十月二十九日(月) 快晴 暖
午前、文二、ピタゴラス。今日から轉科生來る。文二へ16名轉入、賑かになる。今日から図書館図書貸出し開始。
午後、柿配給。駒宮俊太郎來る。家へ伴って歸る。
母、胃痙攣。陽子発熱九度。山下氏來診。
受信 山名章。
発信 大学新聞。
○十月三十日(火) 晴 暖
理甲二、独語、写し。
午後、文二、話し。東洋と西洋。
ヴィンデルバント著岡田隆平訳“十九世紀独逸哲学思潮”読了。古い点はあるが叙述は巧妙である。
学寮に自治問題あり。ゴタ~してゐるので、余の明日の宿直は取り止め。
常木・高木は安直に看板を塗り更へる。定見が無いから悩みもない。
母、陽子共に昨日よりはよろし。併し家にいるのも不快である。母は意地悪く、延世は興奮ばかしている。
受信 布川角左衛門。
軍学校生徒轉入者発表。
○十月三十一日(水) 曇 暖
文二、ピタゴラス学派。しばらく休校の由。輿論の力なり。昇給の辞令貰ふ。小松、平松(七級)、白石、黒柳、佐藤(八級)。午後、濟生館へ行って母の薬を貰ふ。学校へかへる。
陽子、最高七度四分。母もよろし。
和辻さんの“ゼエレン・キエルゲゴオル”をよむ。
七級は月179円強也。