○十月一日 (水)    曇小雨 寒
午前、学校。豊田武、林健太郎兩氏の講演。
午後、又学校。講演のつずき。林健太郎も良い加減なものである。豊田武わ愚劣。街え行く。
“中央公論”(8月号)およむ。高倉テル“愛と死について”わすぐれている。
少し風邪気である。九月の疲勞。
受信 櫻井恒次、河内光治.

○十月二日 (木)    曇 冷
風邪のため一日中臥床。
午前、黒田さん來る。人文科学委員会のため上京にきめる。
午後、出塚來る。ダンス同好会の顧問になってくれと。承諾する。
陽子の誕生日。

○十月三日 (金)    晴 暖
昨夜、発汗。昨日よりわ良いが、未だ風邪が十分抜けない。今日わ半ば臥床。
午後、一寸学校え行く。
夜、雑用。10月1日から“アカハタ”日刊となる。
発信 多勢藤四郎、母、甘粕石介、櫻井恒次、人文科学委員会、須藤克三.
受信 多勢藤四郎、植田清次.

○十月四日 (土)    晴 暖
午前、学校。安田え行く。
午後一時―五時、教育会館。高専校中央委員会。
須田から“大学”と“学評”到着。
未だ風邪がぬけない。
共同書籍え岩波文庫お少し持って行く。
応急措置として少し給与が出る。
民友社から原稿料がくる。
発信 北隆館、民友社.
受信 北隆館、民友社、靑年論壇社(電報)、松本二中.

○十月五日 (日)    晴 暖
午前、午後家にいる。風邪、大して変りなし。雑誌などよむ。“教育と社会”(8月号)着。拙稿あり。
午後、延世、子供等山高の音楽会え行く。
街え行き、寮え行く。記念晩餐会。10時退場。
発信 喜多健三郎、靑年論壇社(電報)、大東出版社.
受信 喜多健三郎.

○十月六日 (月)    曇 寒
午前十時―十一時、文化学院。アリストテレス。学校え行く。閑散である。
午後からずっと家にいる。ひるね。やはり疲れがある。
“文化史研究”(第一号)の寄贈あり。
多勢氏來る。
夜、雑誌論文をよむ。
発信 筑摩書房、須田宗興.

○十月七日 (火)    晴 暖
午前、学校。文三、ラ・メトリーまで。米沢の講習わ約二十人の由。
午後、頭髪を洗う。ひるね。散髪に行く。床屋が休み。大映で“東京の夜”をみる。
夜、雑用。
発信 藤枝高士、佐久間信.
受信 藤枝高士.

○十月八日 (水)    晴 寒
午前、家にいる。
午後零時四十分―二時、社会思想史。ヘーゲルの自然哲学と精神哲学。この次わ国家論から。二時半―四時半、人事委員会準備会。
“これからの哲学”の組みお始めた由。
夜、雑用。
受信 櫻井恒次.

○十月九日 (木)    曇 暖
午前、学校。文三、フランス啓蒙思想終り。文一、話。文二、ソクラテス。
午後二時半から教授会。後、街え行く。書物が來始めた。散髪。
受信 土居光知、農文協長野縣支部.

○十月十日 (金)    雨後曇 暖
午前、家にいて雑用。“変革期の青年運動”着。
午後、学校。俸給が出る。街え行く。米沢の切符を買う。買物をする。
夜、明日の用意。
発信 土居光知、林省吾、松本善之助.
受信 林省吾、松本善之助.

○十月十一日 (土)    雨 寒
午前九時半、山形発、十一時、米沢着。街を歩いて十二時すぎ高専に着く。
午後二時―四時半、講座。約30人。五時五十分発で赤湯え。多勢氏が迎えてくれる。御殿守に泊る。夜わ座談会。久し振りで湯に入る。

○十月十二日 (日)    晴 暖
午前九時、赤湯小学校え。討論会。講評をする。十二時終了。
午後、藝能発表会を少しみる。一時四十分、赤湯発、二時三十分山形着。街で花岡さんに会う。一緒に山新三階え行く。岩村三千夫氏の話をきく。共同書籍えよる。櫻井氏の書物の件。
夜、杉山と鈴木がくる。
発信 農文協長野縣支部、八木清、靑年論壇社.
受信 八木清、靑年論壇社.

○十月十三日 (月)    曇 寒
午前、学校。文化学院わ芋煮会のため休み。出発届を出す。
午後、学校。ピンポンのクラス・マッチ。教官ティーム負ける。家えかえってひるね。延世と陽子、銭湯え行く。
右足に靴ずれが生ずる。切符買いわ延世が行く。
夜、雑用。
発信 婦人文化学院.
発信 金原元.

○十月十四日 (火)    晴 暖
午前、学校。文三、ライプニッツ。この次わ予定調和から。
午後二時家を出る。三時五分山形発、六時仙台着。午後八時二十五分仙台発。汽車わ随分混んだが、山形からずっとかけられた。併し夜行わ感心しない。窓がこわれていた寒い。

○十月十五日 (水)    晴 暖
午前六時半上野着。七時半阿佐ヶ谷の家えつく。午前中ねむる。
午後、外出。大学新聞え行く。櫻井氏不在。本郷通りで金原氏に会う。世界評論社え行き、藤枝氏、本堂氏に会う。日本評論社え行く。民科哲学部会。松村氏の話。九時半終了。
発信 延世、中村吉治.

○十月十六日 (木)    晴 暖
午前、学士院え行く。人文科学委員会。
午後、大学新聞社で櫻井氏に会う。後、北隆館え行く。佐久間氏、福田氏に会う。

○十月十七日 (金)    雨 寒
午前、学士院。
午後、泰西美術展をみる。世界評論社え行く。休みなり。銀座で買物など。
高橋里美氏の辞令、十月十五日附で出る。

○十月十八日 (土)    雨後晴 暖
午前、駿河台の民科え行く。岩波で粟田氏に会う。
午後、又民科え。世界評論社え行って本堂氏に会う。銀座を散歩してかえる。
明日出発の用意。

○十月十九日 (日)    曇 冷
午前八時二十分、荻窪の家を出る。九時二十分上野着。十時五十分上野駅発。楽にこしかけられる。部分的にわこむが概してすいていて良い汽車である。平からわガラ空きとなる。汽車中で河上さんの“自叙傳”(第二巻)をよむ。汽車がおくれて午後十時十分仙台着。中村氏の所え行って泊る。
クツずれ宜しからず。

○十時二十日 (月)    曇 冷
午前、桑原武夫氏を訪問。
午後二時二十分仙台発。魚のヤミ屋で満員。車中で“自叙傳”読了。五時十五分山形着。家え着く。
夜、雑用。郵便物多し。
発信 村上三治、大倉榮、八木英一、筑摩書房.

○十月二十一日 (火)    曇 寒
午前、学校。靴ずれがなおらないので下駄をはいて行く。クラス・マッチのため私の授業がつぶれる。
夕方、共同書籍え行く。橋本君に会う。
“ドイツ觀念論批判”の原稿の中、“まえがき”“目次”“1―4”を北隆館え送る。
夜、雑用。留守中の用事がたまって忙しい。
東京から山形えかえると、ねむっているような気がする。
発信 佐久間信.
受信 山田坂仁.

○十月二十二日 (水)    曇 冷
午前、家にいる。
午後、学校。課外わクラス・マッチのため中止。庭球のクラス・マッチをみる。街え行く。
夜、雑用。
発信 山田坂仁、須田宗興、林政世、村上俊太郎、八木清、本堂繁松、中村吉治.

○十月二十三日 (木)    雨 寒
午前、学校。文三、ライプニッツ。形而上学終り。文一、話。文二、小ソクラテス学派。こヽの生徒わ全く反応がない。頼りない連中である。
高橋新校長來校。午後一時から講堂で生徒に挨拶。後、談話室で職員に挨拶。
夜、“唯物史觀解説(一)”を書き始める。
発信 社会教育連合会、週刊酒田出版社.
受信 社会教育連合会.

○十月二十四日 (金)    雨 寒
午前、家にいる。“唯物史觀解説(一)”完了。8枚也。発送。
午後、外出。大映えよる。
昨夜、龍山に雪が降った。急に寒くなった。
夜、“ドイツ觀念論批判”の“あとがき”を書く。段々長くなる。

○十月二十五日 (土)    晴 暖
午前、学校。理一、話。
午後、野球のクラス・マッチ。職員と文乙三。5對3で負ける。後、テニスをする。
夜、“あとがき”完了。11枚となる。

○十月二十六日 (日)    晴 暖
午前、雑用。昨日運動したので身体がいたい。
午後、八束さんの所え行く。民科十月例会。
夜、雑用。
発信 㐂多健三郎、佐久間信.

○十月二十七日 (月)    曇後雨 寒
午前、十時―十一時、婦人文化学院。アリストテレス終り。産別、共同書籍えよる。
午後からずっと家にいる。
“ドイツ觀念論批判”の原稿の中、“7,8”“あとがき”“発表の場所と年月”を送る。後わ“5,6”だけ。
夜、明日の予習等。

○十月二十八日 (火)    雨後晴 暖
午前、文三。ドイツ啓蒙思想終り。この次わカント。
午後五時二十二分山形発、上の山え行く。昭和館で夕食。公民館え行く。七時―八時半、話。上の山青年団の文化講座。昭和館えかえる。湯に入ってねる。
発信 母、健民編集局.
受信 母、山形縣、健民編集局.

○十月二十九日 (水)    小雨 寒
七時半起床。九時のバスで山形えかえる。
午後零時四十分―二時、社会思想史。ヘーゲルの国家学と歴史哲学。
夜、明日の予習。
発信 母、山形縣.
受信 母.

○十月三十日 (木)    晴 暖
午前、文三、カント。傳記、大学卒業迄。文一、高倉テルの論文について。全く頼りない生徒である。文二、プラトン。傳記。
教授会なし。午後、街え行く。霞城館で“靑春の宿”をみる。大映えよる。
炬燵をかける(二階)。
夜、ラジオの原稿“今年の文化運動”を書く。八枚。

○十月三十一日 (金)    晴 暖
午前、雑用。
午後、街え行き諸用を果す。二時半、学校え行く。組合總会。途中で流会となる。
夜、明日の予習等。
放送原稿“今年の文化運動について”を放送局え送る。
発信 日本評論社、河内光治.
受信 日本評論社、河内光治、土居光知.